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黄金豹-晚上十点
日期:2021-11-28 23:58  点击:310

午後十時


 それから武夫君は、おとうさんの寝室へいって、今のことをしらせましたが、ちょうどそのとき、寝室の机の上の卓上電話のベルが、リリリリリ……と、なりだしました。
 園田さんが、受話器をとってききますと、相手は、まったくききおぼえのない、しわがれ声で、恐ろしいことをいうのでした。
「きみは園田さんのご主人だね。こちらはごぞんじの黄金豹だよ。ハハハ……、人間みたいに口のきける、千年の魔豹だよ。ところで、二、三日のうちに、あれを、ちょうだいにいくと約束しておいたね。きょうはまだ二日めだが、いよいよ今晩にきめたよ。せいぜい用心したまえ。きみがいくら用心しても、おれは、かならず盗みだしてみせるよ。時間は午後十時かっきりだ。十時をすぎても盗みだせなかったら、おれの負けだ。しかし、おれは、けっして負けないよ。それじゃ、あばよ。」
 そして、こちらが、なにもいわないうちに、電話がきれてしまいました。
「たいへんだ。すぐみんなを呼んでおくれ。今夜十時に、あいつがやってくるというんだ。」
 おとうさんのいいつけで武夫君は、うちじゅうをかけまわって、それをしらせました。すると、ふたりの会社員、ふたりの書生、五人の警官と、助造じいさんが、園田さんの寝室の日本間へ集まってきました。
 園田さんは、みんなに、応接間に黄金豹があらわれたこと、いま電話がかかってきたことを話してから、ことばをつづけて、
「じつは、みなさんにしらせないで、わしは、金むくの豹を、この部屋の縁の下へ、かくしたのです。しかし、もうこうなったら、わしだけでは、まもりきれない。みんなに力をあわせて、まもってもらわねばなりません。じいや、ここのたたみをあげて、床板をはずしてくれ。」
と、助造じいさんに、命じました。
 そこで、じいさんに、ふたりの書生も手つだって、たたみ二まいと、その下の床板をとりはずし、豹の箱のうずめてある地面が見えるようにしました。
「じいや、すこしほって、箱があるかどうか、たしかめてごらん。」
 園田さんにいわれて、じいさんは、お勝手の方から、シャベルを持ってきました。そして、床下の土を、ほってみましたが、箱はちゃんと、もとの場所にうずまっていました。まだ盗まれていなかったのです。
 それを見ながら、巡査部長のきしょうをつけた警官が、園田さんに話しかけました。
「床下ではあぶないですね。庭から縁の下へもぐりこめば、だれでもここへこられるじゃありませんか。」
 すると園田さんは、にっこり笑って、
「ところが、ここはだいじょうぶなのですよ。この日本べやの建物は、土台がコンクリートでできているのです。縁の下は、ぐるっと、コンクリートでかこまれ、ところどころに、空気ぬきの四かくな穴があけてあるのですが、その穴にも、こまかく鉄棒をはめて、ネズミでさえはいれないようになっているのです。でなければ、このだいじなものを、床下なんかへ、うずめるはずはありませんよ。」
 それを聞くと巡査部長は、感心したような顔をして、
「そうですか。それなら、だいじょうぶですね。しかし、ねんのために、そのコンクリートの土台が、こわれていないか、たしかめてみることにしましょう。相手が相手ですからね。どんなからくりがあるか、わかりませんよ。」
といって、部下の四人の警官に、懐中電灯をもって、床下へもぐるようにさしずしました。
 そこで四人の警官は、帽子や、上着をぬいで、懐中電灯をてらしながら、床下へはいっていきましたが、しばらくすると、つぎつぎともどってきて、日本間をとりまいているコンクリートには、どこにも、異状(いじょう)がないと報告しました。
 警官たちは、たたみ二まいの穴の四方にこしかけて、ピストルをかまえ、まんいち、あやしいやつが、床下にあらわれたら、いつでもピストルがうてるようにして、見はりをつづけました。
 それから夜の十時までは、ずいぶん長い時間でしたが、ときどきかわりあって便所へいくほかは、だれもその部屋を出ませんでした。食事なども、そこへはこばせてたべることにしたのです。
 夕がたからは、小林少年と武夫君が、見はりの中にくわわりました。武夫君が学校の帰りに、明智探偵事務所によって、小林君をさそってきたのです。そのとき、事務所には、ちょうど明智探偵もいましたので、小林君は武夫君からきいた話を、明智先生につたえて、なにか相談していました。
「ぼくは、たのまれたわけではないから、きょうはいかないが、きみが、ぼくのかわりになって、てがらをたてるんだね。」
 明智先生が、ニコニコしながら、そんなことをいっているのが聞こえました。
 そうして、みんなが、わき目もふらず、床下を見つめて、番をしているうちに、やがて夜になり、十時が近づいてきました。
「もう、あと十分ですよ。」
 巡査部長が、時計を見ながら、だれにともなくいいました。すると、四人の警官はもとより、園田さんも、社員も、書生も、小林君も、武夫君も、からだが、ひきしまるように感じました。いよいよあと十分なのです。あいつは、いったい、どんなすがたで、どこからあらわれてくるのでしょうか。
 警官たちの手にある五ちょうのピストルは、いつでもうてるように、用意されています。いくら魔法使いでも、この厳重な警戒の中に、すがたをあらわすことができるのでしょうか。
「あと五分です。」
 巡査部長が、すこし、ふるえ声でいいました。
 おおぜいいる部屋の中が、まるで、あきやのように、しいんと、しずまりかえっています。おき時計の、コチコチと秒をきざむ音が、異様にはっきり聞こえるのです。
「あと三分。」
「あと二分。」
「あと一分。」
 みんなはもう、石にでもなったように、身うごきもしません。武夫君は、心臓がどきどきしてきました。そっとみんなの顔を見ますと、警官でさえ、青い顔になっていました。ピストルをかまえた手が、かすかにふるえています。おとうさんの園田さんのひたいには、こまかい汗の玉が、うきあがっていました。
「アッ、ちょうど十時だッ。」
 巡査部長の高い声が、部屋じゅうにひびきわたりました。
 しかし、なにごともおこらないのです。五人の警官が見つめる縁の下には、なにものも、あらわれないのです。
「ワハハハ……。さすがの魔法使いも、この厳重な警戒には、手も足も出なかったね。ワハハハ……園田さん、もうだいじょうぶですよ。こちらの勝ちでしたよ。」
 巡査部長が、ごうけつ笑いをしながら、さも得意らしくいうのでした。
 そのときです。部長の笑い声がまだきえないうちに、机の上の卓上電話のベルが、けたたましく鳴りひびきました。
 園田さんと巡査部長とは、ギョッとしたように目を見あわせました。なにか、恐ろしい前兆(ぜんちょう)のような気がしたからです。
 園田さんは、しばらくためらっていましたが、やっと立っていって、受話器をとりました。
「こちらは園田ですが、あなたは?」
「ウフフフ……、わからないかね。いま十時をうったところだ。きっちり十時に電話をかけるのは、だれだろうね。ウフフ……、わかるだろう。」
 いうまでもなく、黄金豹の怪物です。
「うん、きさまか。とうとうこなかったじゃないか、金むくの豹はまだちゃんとここにあるよ。きみの負けだね。」
 園田さんが、勝ちほこったようにいいますと、電話の相手は、また、きみ悪く笑いました。
「ウフフフ……。まだあるかね。どこに?」
 園田さんは、もう、うちあけてもだいじょうぶだと思いました。
「わしの寝室の床下だよ。土の中にうずめてあるのだよ。ハハハ。さすがの怪物もそこに気がつかなかったようだね。」
「ウフフフ、きみもいい気なもんだな。そんなことを知らないおれだと思っているのか。まあ、ためしにあけてごらん。え、あの箱だよ。土にうずめてある箱をあけて、中をしらべてみるがいい。」
 それをきくと園田さんは、にわかに不安になってきました。電話の送話口を手でおさえて、助造じいさんに、
「早く、あの箱をほりだして、中をあらためてみるんだ。」
と命じておいて、また受話器を耳にあてました。
「なんだか、ごたごたしているようだね。箱をほり出すのか。まあ、ゆっくりやるがいい。おれは待っているよ。」
 あいては、おちつきはらっています。
 助造じいさんは、床下におりて、シャベルで、箱をほりだしました。それから、(くぎ)でうちつけてあるふたを、シャベルのはしでこじあけました。
「アッ、からっぽだ。箱の中には、なんにもありません。」
 みんながそこへ集まって、じいさんのさし出す箱を見つめました。
 ほんとうにからっぽです。銀のおりと金むくの豹と、それをつつんだビニールのふろしきまで、かげも形もなくなっていたのです。
「エヘヘヘ……。」
 電話の声が、ぶきみに笑いました。
「どうだ。驚いているね。箱の中に、なにかあったかね。ウフフフ……、なにもあるまい。どうだ、これでもおれが負けたかね。ちゃんと約束どおり、盗みだしたじゃないか……。あの宝物は、だいじにするよ。ありがとうよ。」
 そして、電話が、ぷっつりきれました。みんなは、まっ青な顔を見あわせました。あいつは、やっぱり魔法使いでした。それにしても、いったい、いつのまに盗みだしたのでしょう。
 そのとき助造じいさんは、たたみの上にあがって、部屋から出ていこうとしましたが、それを見ると、みんなのうしろにいた小林少年が、声をかけました。
「じいやさん、ちょっと待ちたまえ。」
 助造じいさんは、ギョッとしたように、うしろをふりむいて、じろっと、小林君を、にらみつけました。
 すると、小林少年は、右手をあげて、じいさんの顔を、まっ正面から指さしながら、園田さんのほうをむいて、叫ぶのでした。
「おじさん、こいつです。こいつが犯人です!」

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