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魔法布偶-小林少年
日期:2021-12-18 23:50  点击:226

小林少年


 甲野さんがびっくりしたのは、むりもありません。受話器からは、じつに恐ろしいことばが聞こえてきたのです。
「甲野光雄さんかね。わしは黒沢というものだ。きみのルミちゃんは、わしがあずかっている。なぜあずかっているかは、いうまでもないことだ。きみから身のしろ金をちょうだいしたいからだ。一千万円でよろしい。それも、どこそこへ持ってこいというのじゃない。わしのほうから取りにいく。きみの書斎の机のひきだしへ、札たばを入れておけばよろしい。あすの夜十時に、きっと取りにいく。そのとき、警察などをよんで、わしをつかまえようとしたら、ルミはほんとうに人形になってしまうぞ。わしは、生きた人間で、人形をつくる方法をこころえているからね。そして、どこかのショーウィンドーに飾るのだ。それがいやだったら、わしをとらえようとしてはいけない。わかったかね。あすの晩は、べつに、わしのはいる入口を用意しておいてくれなくてもよろしい。いくらかぎがかかっていても、わしには、自由にひらく力があるのだ。それじゃ、約束したよ。もし、このわしのさしずにしたがわなかったら、ルミが人形になるのだ。わかったね。」
 そして、こちらがなにも答えないうちに、電話がきれてしまいました。
「まあ、あなた、いまの電話、だれからでしたの? あなたのお顔、まっさおですわ。」
 ルミちゃんのおかあさんが、じぶんも青くなって、心配そうにたずねました。
 甲野さんは、女中さんたちをとおざけておいて、おかあさんに、電話のいみを、話してきかせました。
「警察にとどけるのがあたりまえだが、そうすると、新聞に書きたてられる。身のしろ金をわたそうとしても、わたせなくなる。あいつは、やけくそになって、ルミをどんなめにあわせるかもしれない。それよりも、わしは、そっと私立探偵にたのもうと思う。明智小五郎(あけちこごろう)という名探偵がいる。わしの友だちがせわになったことがあるので、明智さんの腕まえはよく知っている。一千万円がおしいのではない。ルミの命が一千万円で買えるなら安いものだ。しかし、なにもしないでむこうのいうままになるのも残念だし、金だけとられてルミが帰ってこなかったらたいへんだ。それで、腕のある探偵にたのんで、そういうことがないように、よく相談しようと思うのだよ。」
 甲野さんのいうことはもっともなので、おかあさんも、それに賛成しました。
 そこで甲野さんは、奥まった部屋のべつの電話で、明智探偵事務所を呼びだしますと、子どもらしい声が電話口に出ました。
「明智先生は事件で旅行中です。四―五日お帰りになりません。いそぎのご用ですか?」
「じつは、ひじょうに重大な、いそぎの用件なのですが、こまったな。」
「では、ぼくがおうかがいしましょうか。ぼく、先生からるす中のことをまかされている、小林というものです。」
「ああ、きみが、うわさにきいている小林君ですか。それじゃあ、すぐきてくれませんか。」
 甲野さんは、小林少年のてがら話を、いろいろ聞いていました。それに、小林少年にあえば、明智探偵の旅行さきもわかり、電話で相談することもできるのですから、ともかくきてもらうことにして、道じゅんを教えました。
 麹町(こうじまち)アパートの明智探偵事務所と、赤坂の甲野さんの家とはごく近いので、それから二十分もたったころには、応接間のテーブルをかこんで、甲野さん夫婦と小林少年とが、ひそひそ話をしていました。
「電話でも黒沢と名のっていたが、これはどうも偽名らしい。ルミの友だちが、『青山の黒沢』といったのをおぼえていたので、警察では、青山へんを手をつくしてしらべたが、黒沢という家は発見できなかったのです。」
 甲野さんが説明しますと、小林少年は、しばらく考えていましたが、
「ルミちゃんの人形は、運送屋がはこんできたのですね。おうちのかたで、その運送屋の名をおぼえている人はないでしょうか。」
「それは女中さんが知っているかもしれません。」
 そこで、女中さんたちを呼んでたずねてみますと、荷物をうけとった女中さんは、運送屋が送り状をのこしていかなかったので、名まえはおぼえていないと答えましたが、もうひとりの女中さんが、たいへんものおぼえがよくて、トラックの横に大きく書いてあった運送屋の名をおぼえていました。それは「()(みや)運送店」というのでした。
「めずらしい名まえですから、同じ店がたくさんあるはずはありません。電話帳を見ればわかるでしょう。ぼくは、ともかくその運送店をさぐってみます。それから、明智先生に電話で相談したうえで、きょうのうちに、人形じいさんの家へしのびこんでみます。いまはまだ二時ですから、じゅうぶん時間があります。それには、このままの姿ではだめです。ぼく、女の子に変装します。そして、人形じいさんと知恵くらべをやるのです。」
 てきぱきと、こともなげにいう小林君の顔を、甲野さんは感心して見つめていましたが、
「あんたが女の子にばけるんだって? 相手に気づかれないように、そんな変装ができるかしら。」
と、心配らしくたずねました。
「だいじょうぶです。ぼく、なんどもやったことがあるんです。いつも、ばれたことはありません。ぼくのからだにあう女の子の洋服も和服も、いつでもつかえるように、事務所にちゃんと用意してあります。」
「それならいいが、いずれにしても、明智先生に電話で相談のうえでやってくださいよ。もし、あいてに気づかれたら、ルミがどんなことになるかわからないのだからね。わしのほうは、あすの晩までに、一千万円の現金を用意しておきます。金をわたすのは、すこしもおしいわけではない。ただ悪人をそのままほうっておくのが残念なのです。それで、ルミをとりかえしたあとで、そいつをつかまえてやりたいのですよ。」
「わかりました。ですから、ぼくは、甲野さんとはなんの関係もないものとして、探偵します。お金を取りにくるじゃまなどは、けっしてしません。ただ、あいての住みかをつきとめておいて、ルミちゃんが帰ってこられたあとで、警察に連絡するつもりです。そして、つかまえてもらいます。」
「では、やってみてください。くれぐれも、あいてにさとられないようにね。」
 そこで、小林少年はいとまをつげると、いそいで明智探偵事務所へひきかえしました。

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