ふしぎな変装
四十面相がかくれたしげみの中には、大きな四角なかばんがかくしてありました。部下にめいじて、そこへ持ってこさせておいた変装用のかばんなのです。
四十面相は懐中電灯をつけて、そのかばんをひらきました。洋服やシャツなどが、いっぱいつまっています。かれは、かばんのふたのうらについているポケットに手を入れて、小さな鏡と箱をとりだしました。その箱の中には、顔をかえる絵のぐや、つけひげや、いろいろなものがはいっているのです。
かれは、かばんのふたをしめ、その上に鏡を立てて、懐中電灯でじぶんの顔をてらしながら、変装のおけしょうをはじめました。
そこは深い木のしげみにかこまれていて、懐中電灯の光がそとへもれる心配はありません。
もう、夜の十二時をすぎています。さっきまで広っぱに集まっていた、やじうまたちも帰ってしまって、公園の中には、人っこひとりいなくなってしまいました。新聞記者にばけていた四十面相の部下たちも、どこへいったのかすがたが見えません。
四十面相は、ゆうゆうとして変装をやっています。じつにおちつきはらったものです。
それにしても、かれはなぜこんな公園の中などで、変装をはじめたのでしょうか。オーバーの下から黒いズボンしたのあらわれているこのままのすがたで町にでれば、いくら夜なかでも人にあやしまれますが、それなら部下に自動車を用意させて、それに乗って逃げてしまえばいいのです。
そうしないで、こんなふじゆうな場所で変装をはじめたのには、なにかわけがあるのかもしれません。
四十面相は、だれも見ていないと安心していましたが、じつは、ひとりの小さな少年が、しげみのむこうがわにはいって、木の葉のすきまから、じっと中をのぞいていました。
この少年は、少年探偵団のなかまのチンピラ隊にぞくするポケット小僧なのです。からだがひどく小さくて、ポケットにでもはいるくらいだというので、そんなあだ名がついていましたが、すばしっこくて、たいへんりこうな少年でした。
まえに書いたとおり、このポケット小僧は、四十面相がにせものと入れかわったのを気づいて、ほんもののほうのあとをつけて、このしげみへやってきたのです。
ポケット小僧は、しげみのそとに寝そべって、相手に気づかれぬように、じっと中のようすをうかがっていました。
いくえにもかさなりあった木の葉のすきまからのぞいているのですから、よくは見えません。それでも、四十面相が懐中電灯の光で、顔に絵のぐをぬっていることはわかりました。
なにしろ、四十の顔をもつといわれる変装の大名人です。その手ばやいこと……。たちまち顔をしあげて、こんどはかばんの中から黒い服をとりだすと、それを黒シャツの上から着こみ、バンドをしめ、肩からなにかさげて、帽子をかぶり、靴をはきました。
変装がおわると、いままで着ていたオーバーをかばんに入れ、ふたをしめて、そのかばんを手にさげ、木のしげみからでてきました。
ポケット小僧は相手に見つからぬよう、すばやくしげみのはんたいがわにかくれましたが、見ると、そこにあらわれたのは、ひとりの警官でした。四十面相は警官に化けたのです。
ああ、なんといううまい変装でしょう。警官の制服に制帽、肩から革ひもで、ピストルのサックをさげているようすは、だれが見てもほんもののおまわりさんです。
ポケット小僧はその顔を見て、びっくりしてしまいました。さっきまでの四十面相と、まるでちがっていたからです。四十面相が変装したのではなくて、ほんとうのおまわりさんが、どこからかやってきたとしか思われません。
四十面相が、四十の顔をもつといわれるほどの変装の名人だということは、聞いていましたが、これほどの名人とは知りませんでした。ほんとうに魔法つかいです。
かばんをさげた四十面相のおまわりさんは、しゃんと胸をはって大またに歩いていきました。ポケット小僧はさとられないように気をつけながら、ちょこちょこと、そのあとをつけていきます。
おまわりさんは、公園をでると、すぐそばにある警視庁のほうへ進んでいきました。警視庁といえば、四十面相にとっては、いちばん恐ろしいところです。その恐ろしいところへ、へいきで近づいていくのです。
やがて、警視庁の入口のところまできました。入口のひろい石段に、警官が立っています。そのまえには警察用の自動車がたくさんならんでいて、夜なかでも、警官たちが、いったりきたりしています。
四十面相のにせ警官は、その石段のまえまでいくと、なにを思ったのか、石段をのぼりはじめました。ああ、四十面相は気でもちがったのでしょうか。「さあ、つかまえてください。」といわぬばかりに、警視庁の中へはいっていこうとしているのです。
ポケット小僧は、あきれかえって、そのうしろすがたをながめていました。どろぼうが警官にばけて、警視庁へはいっていくのです。こんなばかなことがあるものでしょうか。
にせ警官は、石段に立っている警官に、かた手をあげてあいさつすると、そのまま玄関のなかへはいっていきます。
ほんものの警官は、すこしもあやしまず、おなじように手をあげてあいさつをかえしました。
警視庁へは、一日に何千という警官が出入りするのですから、みんながおなじみというわけではありません。制服さえ着ていれば、じぶんたちのなかまだと思うのもむりはないのです。
にせ警官は、大かばんをさげていましたが、犯罪事件の証拠品として、そういうものを持ってくる警官はよくあるのですから、これもうたがわれる心配はありません。にせ警官のすがたが玄関の中へ見えなくなってしまったとき、ポケット小僧は、大いそぎで石段をかけあがり、そこに立っている警官によびかけました。
「おまわりさん、いまのやつをつかまえて。大きなかばんをさげていたやつだよ。あれは四十面相だよ。おれ、あいつが変装するところを見ちゃったんだ。はやくあいつをつかまえなけりゃ……。」
警官はびっくりしてこちらを見ましたが、きたないふうをした浮浪児のような子どもなので、手をふりながら、あっちへいけというあいずをするばかりで、いっこうとりあってくれません。
「おまわりさん、ほんとうだよ。はやくしないと、あいつ、逃げちゃうじゃないか。おじさんは四十面相しらないのかい? おっそろしい大どろぼうだぜ。」
ポケット小僧は、警官の手にすがりついて、一生懸命に叫びました。
「こら、あっちへいくんだ。ここは、おまえたちのくるところじゃない。ちんぴらのくせに、警官をからかうなんて、けしからんやつだ。」
警官が、つかまれている手をいきおいよくふりきったものですから、ポケット小僧は、石段の上に、ころがってしまいました。
「アッ、いたい。おじさん、なにをするんだい!」
やっとおきあがって、おしりをさすりながら、
「子どもだとおもって、ばかにしてるんだな。そうじゃないよ、からかってるんじゃないよ。ほんとうだよ。あいつ四十面相だよ。はやく……はやくしないと、逃げちゃうよ。」
「くどいやつだな。あっちへいけというのに。」
警官は、よこをむいて、しらぬふりをしようとしました。
「アーッ、そうだ。ここに明智先生がきているだろう。名探偵の明智小五郎先生だよ。おれ、あの先生のでしなんだよ。チンピラ隊っていう子どもの探偵団だ。明智先生にそういってくれよ。そうすれば、おれがうそをいってないことが、わかるんだから。」
そこへ、玄関のほうから、警部補の制服を着た警官がおりてきましたが、ポケット小僧のわめき声をきくと、そばによってきて、「どうしたんだ。」とたずねました。
ポケット小僧は、このひとなら話がわかるかもしれないと思ったので、さっきからいっていることを、もういちどくりかえしました。
「明智さんなら、しらべ室におられるはずだ。知らせてあげるほうがいいね。この子どものいうことが、もしほんとうだったら、たいへんだからね。きみ、しらべ室をさがしてみたまえ。捜査一課の中村係長さんといっしょのはずだよ。」
上役に命令されたので、警官はしかたなく石段をかけあがって、玄関へはいっていきました。
しばらくすると、警官は小林少年をつれてもどってきました。小林君は、明智探偵といっしょにしらべ室にいたのです。
「アッ、小林さん!」
「アッ、ポケット小僧!」
顔を見あわせるとふたりが、いっしょに叫びました。
「これは探偵のしごとを手つだってくれるチンピラ隊の子どもです。りこうな子ですから、この子のいうことは、まちがいありません。」
小林少年は、明智探偵の助手として、警視庁でもよく知られていました。その小林君がそういうのですから、もうすててはおけません。
そこへ、明智探偵や中村警部もかけつけてきて、ポケット小僧からことのしだいを聞きとると、にわかに警視庁内の大捜索がはじまりました。
警視庁には何百という部屋があるのですが、夜なかにつめている警官のかずもおおいので、たいへんです。
まもなく、ぜんぶの部屋の捜索がおわりました。しかし、あやしい警官は、どこにもいないのです。
とっくに、裏口から、逃げさったのかもしれません。それなら、はじめから警視庁へはいらないで、逃げてしまえばよさそうなものではありませんか。
いったい、四十面相のにせ警官は、なんのために警視庁へはいったのでしょう。いよいよ、わけがわからなくなってきました。