いもむしごろごろ
ポケット小僧は、大外套のポケットに両足をいれ、外套にとりすがって息をころしていました。のっぽの初こうは、おしいれのすみのほうから、ひとつひとつ服にさわりながら、こちらへ近づいてきます。
もう三つめまできました。もう二つめです。ああ、もうとなりまできました。こんどは外套のばんです。
初こうの長い手が、外套のえりのへんから、だんだん下へおりてきました。その手が、ポケット小僧の頭にさわりました。
まだ気がつきません。
長い手が、ポケット小僧の顔をなで、首から胸にさがってきました。
「うッ。」という、おしころした声が、聞こえました。
とうとう気がついたようです。
ポケット小僧は、外套のポケットから足をぬきだして、ヒョイと、おしいれの床に、とびおりました。
「うぬッ! こんなとこにかくれていやがったなッ。」
初こうは、両手をひろげてつかみかかってきます。
ポケット小僧は、その手のあいだをすりぬけて、あちこちと逃げまわる。それを、のっぽの初こうが、息をきらせて追っかける。じつにふしぎなおにごっこです。
しかしポケット小僧は、もう逃げられません。あいては、じぶんの四倍もあるような大男です。いつかはつかまってしまうにきまっています。
つかまったら、四十面相の前にひったてられ、いろいろと聞かれることでしょう。拷問されることでしょう。
拷問の苦しさに、このあいだからのことを、すっかり白状してしまうかもしれません。そうすれば、せっかく明智先生のたてられた計略が、まったくむだになってしまうのです。
それをおもうと、ポケット小僧は、泣きだしたくなりました。かばんの中にかくれて、この奇面城へしのびこんでから、きょうまでの苦労が、すっかり水のあわになってしまうのです。
「ちくしょう、とうとうつかまえたぞッ!」
初こうのうれしそうな声がひびきました。初こうの長い手が、小僧の肩を、がっしりつかんでしまったのです。ああ、いよいよ運のつきです。
ところがそのとき、思いもよらぬことがおこりました。がっしりとつかんでいる初こうの手が、スウッと、ポケット小僧の肩から、はなれていったではありませんか。
ポケット小僧は、「オヤッ。」と思って、初こうの顔を見あげました。
すると、初こうの口に、白いものがおしつけられているのが見えました。そのハンカチをまるめたような白いものを、初こうの口におしつけているのは、べつの手でした。
初こうの手でなくて、ほかの人の手でした。初こうの両手は、てむかいしようともせず、だらんとさがっています。そのうちに、初こうのからだぜんたいが、だらんと力をうしなってきました。初こうのうしろから、白いものを口におしつけている男は、初こうをだいたまま床にひざをつき、初こうも床にすわった形になりました。
そのとき、はじめてうしろの男の顔が見えたのです。それはジャッキーでした。
「アッ、先生!」
ポケット小僧は、おもわず叫んで、ハッとしたように口をおさえました。「先生!」などと呼んだら、ジャッキーに化けている人の正体がわかってしまうからです。
「あぶないところだったね。ぼくは、きみがここへ逃げこむのを、むこうから見たので、いそいで麻酔薬をしませたハンカチを持ってきて、こいつを眠らせたのだ。もうだいじょうぶだよ。」
「すみません。おれ、ゆだんしちゃって、すみません。」
ポケット小僧は、いかにも、もうしわけなさそうに、ピョコン、ピョコンと、二度おじぎをしました。
「いいんだよ。きみがこれまでにたてた、てがらのことを思えば、なんでもないよ。それにしてもポケット小僧が、ほんとうにポケットの中へはいったのは、これがはじめてだろうね。はははは……。」
ジャッキーはそういって、おかしそうに笑いましたが、すぐにまじめな顔になって、
「しかし、こいつは、このままにしてはおけない。眠りからさめて、四十面相にこのことをしゃべったら、たいへんだからね。やっぱり、あそこへほうりこんでしまわなければ。」
といいました。あそことは、いったいどこなのでしょう。
もしかしたら、あの岩の橋をあげおろしする底もしれない谷まのことではないでしょうか。
そんなところへほうりこんだら、むろん命はありません。明智探偵や警察の人たちが、そんなむごたらしいことをするはずがありません。
では、いったい、どこへほうりこむのでしょうか。
ポケット小僧は、その場所をよく知っていました。というのは、それを見つけたのはポケット小僧じしんだったからです。
さいしょ奇面城へしのびこんだとき、洞窟の中を歩きまわっていて、ふと、そこへまよいこんだのです。
そのとき小僧は、廊下のはずれにある、しぜんにできた岩のわれめのような、小さな穴へもぐりこんでいました。もぐりこむと、穴はだんだん広くなり、十メートルほどいくと、そこにたたみにして四じょう半ほどもある、広い洞窟ができていました。懐中電灯で、あたりを照らしてみると、ここへはだれもはいったことがないらしいのです。入口があまりせまいので、四十面相の部下たちは、この洞窟に気がつかなかったのでしょう。
ポケット小僧は、ジャッキーや五郎に、そのことを話しましたので、この洞窟を、こんどの計略につかうことになり、夜中に、ソッと入口の岩をけずって、広くしたり、その穴にドアのかわりに岩のふたをつくって、そとから見えぬようにしたり、いろいろくふうをこらしたのです。
ジャッキーは廊下にでて、あたりにだれもいないことをたしかめてから、ぐったりとなった初こうをせおって、その秘密の洞窟へと、いそぎました。ポケット小僧も、あとから、ついていきます。
さいわい、だれにも見とがめられず、洞窟の入口につきました。
まず、ジャッキーが岩のわれめから中へはいりこんで、ドアがわりの石のふたをのけ、中から両手をだして、初こうのからだを、ひきずりこむのでした。
中は広くなっているのですから、入口さえ通ってしまえば、あとはらくです。初こうのからだを、ぐんぐんひきずって、おくの広い洞窟にきました。ポケット小僧は用意の懐中電灯をだして、そのへんを照らしています。
ああ、ごらんなさい。洞窟の中には、五人の男が、いもむしのように、ごろごろと、ころがっているではありませんか。みんなさるぐつわをはめられ、手足をしばられているのです。ジャッキーは、初こうにもおなじように、さるぐつわをはめ、手足をしばりました。五ひきのいもむしが、六ぴきにふえました。
ヘリコプターで五人の味方がはこばれ、四十面相の部下に化けていることは、まえにしるしました。そのかわりに、ほんものの五人の部下が、この洞窟にほうりこまれていたのです。
この計略は、みんな明智探偵が考えだしたものです。警視庁はそれを助けて、刑事のうちの変装の名人たちを、奇面城におくったのです。