少女探偵
それから十分もすると三人の刑事たちは、がっかりしたようすで淡谷邸へ帰ってきました。こうもり男を見うしなってしまったので、淡谷さんのうちから警視庁へ電話をかけ、東京じゅうに非常線をはってもらうためです。
三人が、門をはいって、げんかんのほうへ歩いていますと、むこうの庭の木立ちのあいだに、黒い人かげが、ちらちら動いているのに気づきました。
「なんだろう! へんなやつがいるぞ。いってみよう。」
三人は、そのまましおり戸をあけておく庭のほうへ、はいっていきました。
「おい、まてッ。きみは、なにものだッ。」
人かげにおいついて、いきなり、どなりつけますと、そいつは、ハッとしたように立ちどまったので、刑事のひとりが、うしろからとびかかって、だきすくめてしまいました。
あいては、なんの手むかいもしません。だきすくめられたまま、じっとしています。それに、女のように、なよなよしたからだです。
「きさま、四十面相の手下だろう。こんなところで、なにをしていたんだッ。」
ひとりの刑事が、前にまわって、懐中電灯の光をさしつけました。
こどものような、こがらなやつです。ぼうしをまぶかにかぶり、だぶだぶの背広に、灰色のズボンをはいて、こわきに、マフラーでつつんだ、四角なものをかかえています。
刑事たちは、その四角なつつみを見ると、「アッ。」と、小声に叫びました。それは、宝石ばことそっくりの形をしていたからです。
刑事たちの胸に、おそろしいうたがいがわきおこりました。
四十面相のやつ、逃げたとみせかけて、じつは、ここにかくれていたのではないでしょうか。変装の名人ですから、こんな小男にでも化けられるのかもしれません。なににしても、マフラーにつつんだ四角なはこを、あらためて見なければなりません。
ひとりの刑事が、いきなりそのつつみをひったくって、ひらいてみました。
「アッ、やっぱりそうだッ。」
それは、ピカピカ光る黄金のはこでした。ふたにかぎがかかっているので、あけて見ることはできませんが、話にきいた宝石ばこにちがいありません。
「きさまッ、四十面相だなッ。それとも……。」
刑事たちがつめよりますと、その男は、ひょいと顔をあげて、にこにこ笑いました。まっ黒によごれていますが、なんだか女のような、やさしい顔つきです。四十面相が、こんなやさしい顔に化けられるのでしょうか。
「あたし、ちがいます。」
その男は、女の声で答えました。
「なんだと、四十面相か、その手下でなくて、どうしてこの宝石ばこを持っているんだ。女のような声を出して、ごまかそうとしたって、その手はくわないぞッ。」
刑事がしかりつけますと、あいては、こんどは、声をたてて笑いだしました。
「ホヽヽヽ……、あたし、ほんとうの女なのよ。小林さんと相談して、男に変装して、ずっとまえから、この庭の中にかくれてたんです。あたし、明智探偵の助手の花崎マユミっていうんです。」
「エッ、なんだって?」
刑事たちは、めんくらってしまいました。
「小林さんは、まだうちの中にいるんでしょう。あの人を呼んでくださればわかりますわ。おなじ明智先生の助手なんですもの。」
うそをいっているようにも見えませんので、ひとりの刑事が、うちの中へかけていって、小林少年をひっぱってきました。そのあとから、淡谷さんと、ほんものの一郎青年と、スミ子ちゃんまでついてきました。
スミ子ちゃんは、この夜ふけでもまだ眠らないで、おとうさんのそばにくっついていましたが、刑事から、庭にマユミさんがいるときいて、もうじっとしていられなくなり、おとうさんをひっぱるようにして、ここへ出てきたのです。
「アッ、マユミさん。そうです、この人は明智探偵の助手のマユミさんにちがいありませんよ。」
小林少年が刑事たちに、きっぱりといいきりました。
「やっぱりそうだったのか。で、この宝石ばこは、どうして……。」
刑事が、ふしんらしくたずねますと、マユミさんが、はきはきしたくちょうで説明しました。
「二時間ほどまえ、小林さんから電話があって、この庭へしのびこんで、書斎の窓の外をよく注意しているようにたのまれたのです。刑事さんたちには、ないしょでかくれていたのです。
書斎をのぞいていると、小林さんがいなくなり、それから、淡谷さんも部屋の外へ出ていかれ、あとには一郎さんひとりになりました。
じっと、のぞいていますと、一郎さんが金庫をひらいて、むらさきのふろしきづつみを取りだしたではありませんか。四十面相が一郎さんに変装していることは、小林さんにきいて、ちゃんと知っていました。
それから、にせの一郎さんが、宝石ばこのふろしきづつみを持って、窓をひらき、庭へとびだしてきたので、あたしはいそいで木のかげに身をかくしました。
にせの一郎さんは、大いそぎで窓の近くの、こんもりとしげった木のかげに、ふろしきづつみをかくすと、そのまま、窓から書斎に帰りました。そして、なにくわぬ顔をして、一郎さんになりすましているのです。そこへ淡谷さんが、どこからか書斎へもどってこられました。
そのとき、あたしは、うまいことを考えついたのです。宝石ばこは二重になっていると聞いていました。ふつうのはこの中に、黄金のはこがはいっているのです。それで、中の黄金のはこだけをとりだして、外ばこをふろしきにつつんでおけば、四十面相は気がつかないで、からっぽのはこを持って、逃げだすだろうと思ったのです。
でも、めかたがかるくてはさとられますから、黄金のはこを出して、そのかわりに、庭に落ちていた石をいれておきました。
それから、あの大さわぎがおこったのです。四十面相は、窓からとびだして、しげみにかくしておいたむらさきのふろしきの結びに、うでをとおして、両手をつかって、つなをのぼっていったのです。
あたしは、それをとめることはできませんでした。大いそぎで、庭のどこかにいる刑事さんたちをさがしにいきましたが、それといきちがいに、刑事さんたちは、窓の外へきて、屋根の上の四十面相を見つけられたのです。
それから四十面相は、ぶらんこのしかけで塀の外へ逃げ、刑事さんたちがそのあとを追いましたが、あたしは、とてもつかまらないだろうと思いました。いまに刑事さんたちは、手ぶらで帰っていらっしゃるだろうと、じつはそれをお待ちしていたのです。
四十面相は逃がしても、宝石ばこさえとりもどせば、刑事さんたちのもうしわけがたつだろうと思ったのです。
では、淡谷さん。このはこの中をよくおしらべになってみてください。」
そういって、マユミさんは、刑事の手から黄金のはこをうけとり、それを淡谷さんに手わたすのでした。
淡谷さんは、ポケットからかぎを出して、その場で、はこのふたをひらいてみますと、そこにはビロードの台座の上に、二十四個の宝石が、さんぜんとかがやいていました。一つもなくなってはいないのです。
「ありがとう、マユミさん。おれいをいいますよ。」
淡谷さんが、きたない男すがたのマユミさんの手をにぎりました。
「おねえさま、ありがとう!」
そばにいたスミ子ちゃんも、マユミさんにとりすがるようにして、おれいをいうのでした。