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影男-垂死挣扎的雄狮(2)
日期:2022-02-13 23:47  点击:327

 この奇怪な五十男のうしろに、ひとりの美しい女が、またをひろげて仁王(におう)立ちになっていた。三葉三四郎が編纂(へんさん)した『世界映画史』の口絵写真にある、今から四十年まえに大人気を博した女賊映画の主人公プロテアのような姿の美女であった。
 ぴったり身についたメリヤスふうのシャツとズボンだけになっていたが、それが実にはでな色彩で、五寸ほどの太さの赤と黄色のだんだら染めなのである。シャツもズボンも同じ染めだから、この美人はまっかなシマウマのように見えた。
 すべての曲線をあらわにした彼女のからだは、ギリシャ彫刻のように均整がとれていた。足は長くて、おしりはみごとにふくらんでいて、腹はハチのようにくびれ、もり上がった胸が激しい身動きをするたびに、ゼリーのように震えた。その胸の上に、かっこうのよい長い首と、プロテアの顔がついていた。といっても、彼女は西洋人ではない。西洋人のようなからだをした日本人なのだ。年は二十五、六歳であろうか。
 それだけでもじゅうぶんあやしい光景なのに、そのふたりの姿が、天井と四方の壁に張りつめた鏡に幾重にも重なり合って反射し、無数のだんだら染めの女と、無数の裸体の五十男とが、あるいは上から、あるいは横から、うしろから、あらゆる角度の映像となって、眼界いっぱいにウジャウジャとうごめいていた。むろん、男も女も、かれら自身のあらゆる角度からの映像を見ることができる。実は、この鏡のへやのあやかしのたくらみがそこにあったのである。
 ピシリッと裂帛(れっぱく)の音がした。だんだら染めの美女が、獅子(しし)使いのむちで宙を打ったのだ。
 この二つのへやの音響は完全に遮断(しゃだん)されていた。こちらの押し入れの中で少々音をたてても、相手に気づかれる心配はなかった。では、どうしてガラスの向こうのむちの音が聞こえるのか。そこにはやせ型の男と太っちょの支配人との行き届いたくふうがこらされていた。隣室の天井のすみに、それと見わけられぬマイクロフォンが取りつけられ、押し入れの中にはその受話装置ができていたのである。
「ジャンゴ。もうまいったのか。チンチンだ。ほら、チンチンだ!」
 美女の赤いくちびるから、獅子使いの激しい声がほとばしった。鏡面の百千の赤いくちびるが同時に動いた。そして、ピシリッと、こんどは男の背中にむちが鳴って、みるみるかれの太った背中に赤い毛糸のようなあとがついた。鏡面の百千の背中に、百千の赤い毛糸がはった。
 ジャンゴとはこの雄獅子の愛称なのであろう。かれは不思議なかっこうで中腰に立ち上がると、両手をネコの手にして、胸の辺でモガモガやりはじめた。上から、横から、うしろから、前から、無数の奇怪なチンチンモガモガが、鏡面に目まぐるしく交錯した。
「よろしい。こんどはお馬だ!」
 そして、むちが宙にはためく。
 獅子男は四つんばいになった。鏡の中の百千のはだか男が四つんばいになった。そして、ぽかんとひらいた厚いどす黒いくちびるからよだれをたらして、けだもののような卑屈な、狡猾(こうかつ)な横目で、女獅子使いのさっそうたる立ち姿を盗み見た。百千の狡猾な目が、百千の女を、あらゆる角度からなめまわした。
 空中曲芸師のようにしなやかで敏捷(びんしょう)なだんだら染めの美しいからだが、ひらりと雄獅子ジャンゴの背中にまたがった。どこから取り出したのか、手綱代わりの同じだんだら染めのひもが男の口にくわえさせられ、その両端を持って、ハイシイドウドウと、お馬の曲乗りがはじまった。百千のはだか馬と、赤い(しま)の女騎手とが縦横にはせまわった。せつなせつなに、例のむちが、ときに空を、ときに男の毛むくじゃらの大きなおしりを、ピシリ、ピシリと打ち、おしりにはまっかな毛糸の網模様ができていった。天井と四方の鏡は、この醜いけだものと、美しい騎手とを、あらゆる角度から、狂気のまぼろしのように、目もくらむ無数の映像として映し出した。

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