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影男-善神恶神(4)
日期:2022-02-13 23:47  点击:321
  ほんとうに夢のようであった。さっきの土ぼこりで目をとじているうちに、世界が一変したかと思われた。ガラスの中から降りてきたのは、学校の掛け図で見た西洋の大昔の武人のような、からだにまきつく大きなマントを着て、たてがみのような羽根のはえた鉄かぶとをかぶり、長い剣をさげ、丸いたてを持っていた。そのこわい武人が、ノッシノッシとこちらへ近づいてくるのだ。

 さち子は思わず逃げ出したが、おとなの足にかなうものではない。たちまち追いつかれてしまった。
「きみは大曾根さち子だろう。こわがることはない。空の神様からお迎いに来たのだ。空にはきみのしあわせが待っている。さあ、こちらへ来なさい」
 無我夢中で、こわい武人に手を引かれてヘリコプターに近づき、大きなガラスのようにすき通ったへやへ抱きあげられた。そこに美しい女の人が腰かけていた。やっぱり学校の掛け図で見たことのある西洋の天女のような(おとなのことばでいえば聖母のような)女の人であった。掛け図の絵の天女は、はだかの赤んぼうを抱いていたが、この天女は何も抱いていなかったので、そのやさしい両手をひろげて、きたない毛糸の服を着たさち子を、暖かく抱きよせてくれた。なんだか死んだおかあちゃんに抱かれているような気がした。
「さあ、これから天国へのぼるんだよ。今きみの抱かれている人が、これからきみのおかあさんになるんだ。きみはまったく生まれかわって、しあわせな子になれるんだよ」
 こわい武人は、ヘリコプターの運転席について、機械を動かしながら、やさしい声でいった。そして、ゆらゆらと機体がゆらいだかと思うと、いつのまにか、ヘリコプターは地上をはなれていた。
 青い空を、上へ上へとのぼっていくにつれて、目の下のけしきがおもしろくひろがっていった。森の社や農家がおもちゃのように小さくなり、広大な東京の市街が目の届くかぎりひろがっているのが見わたせるようになった。そして、海が……品川の海、東京湾、その向こうに太平洋。一方には富士山がまわりの山々をしたがえて、くっきりとそびえていた。
「まあ、あたし、ほんとうにハトになれたんだわ。そして、ひろい空を、思うままに飛びまわっているんだわ」
 ハトになれたうえに、おかあさんの代わりの、おかあさんより百倍も美しい天女が、しっかり抱きしめていてくれるのだ。さち子は夢に夢見る思いであった。いや、どんな夢にも一度も見たことがないほど幸福であった。
    ………………………………………
 十二歳のあわれな小娘、大曾根さち子は、このおとぎばなしの夢を見たあとで、影男鮎沢の愛人のひとりであるみや子のアパートに引きとられ、夜から昼へのようなしあわせな生活にはいった。新しいセーラー服を着せられて、学校へも通うようになった。
 もと陸軍大尉のアル中ぼろ男大曾根は、さち子の幸運を聞いて涙を流した。そして、自分たちも大阪の実業家鮎沢氏の世話になることを承諾した。かれら夫妻は鮎沢氏の手でいちおう病院に入れられ、夫の大曾根のほうはまもなく病院を出て、ある会社の守衛長に就職した。これもむろん鮎沢氏の計らいであった。もう掘っ立て小屋にも住まず、アル中もほとんど快癒(かいゆ)していた。

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