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影男-相反的不在场证明(2)
日期:2022-02-14 23:50  点击:285

「アハハハハ……」青年のうしろから、影男の顔がのぞいて、人もなげに笑った。「おどろいたでしょう。しかし、これは小林の幽霊じゃありません。さっきのお医者さんです。ぼくの部下です。つけひげやめがねをとって、小林の服を着せて、頭の毛のときかたを変え、顔にちょっとお化粧をすると、こういうことになるのですよ。これが変装というものです。ぼくはその道の熟練工ですからね」
 春木夫人も二宮夫人も、あいた口がふさがらなかった。そして、「シルエット」と自称する奇怪な男への不思議な信頼感が、いよいよ深まってくるのを感じた。
「まあ、これが変装ですの? この人と小林さんとは、背かっこうや顔だちが、もともと似ていたけれど、こんなにそっくりになるとは、ほんとうに不思議です。笑い方まで似ていますわ」
 二宮夫人が感嘆の声をたてた。
「ただ、声を似せることがむずかしいのです。この男は小林の声を聞いていませんからね。しかし、それにはまた手がないではありません。だれにも似ていないような、まったく中間の声を出すのです。純粋の東京弁でも、いなかなまりでもない中間のことばを話すのです。つまり、万人の声と口調の最大公約数というやつですね。これが忍術者の秘伝です。この男はそういう芸当ができるのですよ。きみ、なにか話してごらん」
 すると、小林とそっくりの若者は、つかつかと二宮夫人に近づいて、ニヤリと笑った。
「奥さん、浅草のバーではじめてお目にかかったとき、ぼくは何を歌いましたっけ?」
 中音の東京弁に九州なまりが軽微に加味されていた。二宮夫人はそれを聞くと、思わず手を打って笑いだした。
「まあ、そっくりよ。聞きもしないで、どうしてそんなにまねられるのでしょう。すばらしい才能だわ」
「いえ、まぐれ当たりですよ。ぼくの友人に九州出の男がいるので、その口調をまねてみたのですよ」
 その言い方がまた、小林青年に実によく似ているのであった。
「この変装は、おふたりの前で合格しましたね」影男が今後の計画を話しはじめた。「この男は今からすぐ、小林青年として、山谷(さんや)旭屋(あさひや)という簡易旅館へ帰るのです。今は十二時ですから、自動車をとばしていけば、だいじょうぶ旅館はまだ起きています。それに、小林の仲間の艶歌師(えんかし)たちは、おそらくまだ帰っていますまい。あの連中の仕事は、一時すぎまでもつづくのですからね。それから一杯やって、帰るのは二時三時でしょう。
 この男は、旭屋の番頭に声をかけて、たしかに帰った証拠を残すのです。それから自分のへやを捜すのですが、そういうことには慣れています。まったく知らない家でも、けっして戸惑うことはありません。臨機応変の手段があります。もし、仲間がさきに帰っていたら、酔ったふりをして、話もしないで、ふとんを敷いて寝てしまう。仲間が帰っていなければ、仕事は非常に楽です。やっぱり、自分だけさきにふとんにもぐりこんで、寝たふりをしてごまかすのですね。
 そして、みんなが寝込んでしまってから、そっと起きて、小林の持ち物をさがすのです。手帳でもあればしめたものです。そこに書いてある小林の筆跡をまねて、紙切れに置き手紙を書くのです。もし小林の筆跡が見つからなければ、かまいません。艶歌師なんてあまり字を書かないでしょうから、いいかげんのへたな鉛筆書きで置き手紙をのこすのです。それには『友だちに会って、うまい仕事が見つかったから、きみたちと別れる』というようなことを書いて、仲間のまくらもとへ置いておけばいいのです。そして、夜あけそうそうに宿を抜け出して、姿を消してしまうのです。これで小林があすの朝まで生きていたという証拠ができあがります。逆にいえば、あなたがたのアリバイが成立するのです。おわかりになりましたか。
 しかし、それだけでは、まだ安心はできません。男の仲間は置き手紙ですんでしまうでしょうが、もし小林に恋人があったら、恋の一念というやつは恐ろしいですからね。その女はあくまで小林の行くえを捜すでしょう。そして、恋人の鋭敏な神経で、何か感づかないとも限りません。それを防ぐために、われわれはまず、小林に恋人があったかどうかと、その女の執念深さの程度を探り出さなければなりません。あっさりあきらめてしまったとわかればめんどうはありませんが、執念深く小林を捜しているとすると、小林の生きている姿を、ときどきその女に見せておく必要があります。それには、この男が、この変装で、夕がたとか夜など、その女の目の前を通りすぎてみせるのです。なるべく人込みの中がよろしい。相手が気づいたなと思ったら、すばやく人込みに隠れて、逃げてしまうのです。そうすれば、女は小林が生きていると信じて、どこまでも捜そうとします。死んだのではないかという疑いをいだく心配はけっしてありません。これがぼくのアリバイ作りの方法ですよ。おわかりになりましたか」
 春木夫人は深くうなずいていたが、まだ安心がならぬという顔つきである。
「なるほど、うまいやり方です。この人の変装の手ぎわから考えても、そのやり方はきっと成功するでしょう。しかし、もう一つ心配なことがあります。小林の死骸(しがい)をどうすればいいのでしょう。人間ひとりのからだを、完全に隠すなんてことができるでしょうか。死骸が見つかれば、何もかもだめになってしまうじゃありませんか」
「それは実に簡単ですよ」
 影男はこともなげに答えたものである。

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