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影男-空中摩天轮
日期:2022-02-14 23:50  点击:282

空中観覧車


 その翌日の午後一時、佐川春泥と須原正とは、電話で打ち合わせたうえ、浅草公園の花屋敷の入り口で落ち合った。ふたりとも、サラリーマンというかっこうで、目だたぬセビロを着ていた。
 花屋敷にはいると、空中にそびえる大きな観覧車が回っていた。ふたりは切符を買って、回転が終わるのを待ち、一つの箱に乗りこんだ。ちょうどふたり乗りになっている。ほかには、はるかへだたった箱に、若い男女の一組みが乗っているばかりだ。観覧車はふたたび回転をはじめた。
「どうです、秘密話にはもってこいの場所でしょう。目の下に東京の市街をながめながら、はるかに品川の海を見ながら、だれに立ち聞きされる心配もなく、ゆっくり相談ができるというものです」
「きみのやり口は、いちいち気に入りました。すばらしい密談の場所ですね。では、聞かせてください。さしあたって、ぼくにどういう知恵を貸せというのですか」
「いま話します。こういうわけです」
 須原と名のる小男は、タバコに火をつけた。春泥もそれをまねて、自分のタバコを出した。空はよく晴れていた。ふたりの乗った箱は、風のない小春びよりを、ゆっくりゆっくり大空へのぼっていった。
「その人の名は、いずれわかりますが、かりにX氏としておきましょう。新興成金です。まだ四十になっていません。奥さんはありますが、病身で、ほとんど寝たっきりです。子どもはありません。このX氏に愛人があったのです。妾宅(しょうたく)に住ませていましたが、今いうように奥さんが病身ですから、この女が奥さんも同様だったのです。すばらしい美人ですよ。
 ところが、この女が若い男と不義をしました。そして、長いあいだX氏をだまして、金をしぼりとり、その男にみついでいたのです。顔に似合わない悪女です。恐ろしい女です。X氏は本気でこの女を愛し、また愛されていると信じていたので、非常に立腹しました。その女をなぶり殺しにしてやったら、どんなに快いだろうと、そればかり考えているのです。相手の男は、まだ若くて、女から誘惑されたことがわかっていますし、男のほうではさほどでないのを、女が血道をあげていることもわかっているので、男はどうでもいいのです。ただ、女にふくしゅうしたい、思い知らせてやりたいという気持ちですね。しかし、自分を犠牲にする気はない。自分には絶対に嫌疑(けんぎ)のかからない方法で、女をなぶり殺しにしたいというわけですね。
 ぼくらの会社は、このX氏の心持ちを探知しました。そして、交渉をはじめたのです。こういう場合いつもそうですが、X氏はなかなか本心をうちあけない。ぼくらを信用しないのです。それで、ゆうべあなたと話したようなぐあいに、いろいろな例をあげて、ぼくらの会社の実力を納得させました。そして、けっきょくX氏はわれわれの依頼人となったのです。報酬は五百万円、ほかに実費は百万でも二百万でも支出するという条件です。
 しかし、なかなか注文がむずかしい。自分は絶対に安全な方法で……自分が手をくだすのでもなく、その場にいるのでもなく、しかも女の殺されるところを見たいというのです。ぼくらはいろいろ考えてみたが、どうも名案がありません。そこで、あなたに顧問就任の第一着手として、ひとつ知恵を貸していただきたいのですよ」
 空はまっさおに澄んでいた。すぐ頭の上を一台の飛行機が飛んでいく。銀色の機体がキラキラと光って見える。ふたりの乗っている箱は、巨大な観覧車の輪の頂上に達していた。富士山の雄大な姿もくっきりと見えている。この大空での殺人の話は、何かおとぎばなしめいた架空なものに感じられた。
「そのX氏は、どこに住んでいるのです」
世田谷(せたがや)の高台の広壮な邸宅です」
「高台ですね」
「見はらしのいい高台です」
「二階建てでしょうね」
「そうです」
「そこの窓から見えるところにあき地がありますか」
「あき地だらけですよ。あの辺はまだ畑が多いのです」
「その二階から見えるあき地……なるべくX氏の家から遠いほうがいいのですが……そういうあき地を百坪か二百坪、手に入れることはできませんか。そのあき地の付近には、なるべく人家がないほうがいいのです」
「そういうあき地は、むろんありますよ。また、値さえ奮発すれば、たやすく手にはいるでしょう」
「では、一つの案があります。会社のだれかの名義でその土地を買うのです。金はむろんX氏が出すわけですよ。そして、そこへ板べいをめぐらすのです。高台のX氏の二階からだけ見えて、付近からは見えないように板囲いをするのです。それから、その地面の適当な場所に穴を掘るのです。この穴だけは、あなたがた会社の重役みずから掘らなければいけません。なあに、わけはないですよ。さしわたし一間もあればよろしい。深さは二間半から三間ですね。男がふたりかかれば半日で掘れますよ。
 それからあとが少しむずかしい。これもきみたちがやらなければいけないのですが、その掘り出した土を、ふるいにかけて、こまかい土だけにしたうえ、水を加えてどろどろにして、もとの穴へもどすのです。そういうどろどろの土で穴がいっぱいになるようにするのです。これで準備はできたわけです。あとは、きみたちの会社の女重役が、X氏の女と心やすくなって、その板べいの中へおびき出せばいいのです」
「はてな、それだけの準備で、X氏の条件のとおりのことができるのですか」
「条件とぴったり一致するのです」
「おびき出しの役を勤めるわれわれの女重役に危険はありませんか。絶対に安全でなくちゃ困るのですが」
「X氏の女以外の人に顔さえ見られなければよろしい。だから、女の家ではなくて、どこかほかの場所で知り合いになるのですね。変装はしたほうがよろしい。また、現場へ来るまでにたびたび自動車を乗りかえ、最後の自動車は、男重役のひとりが運転するのです。きみか、もうひとりの重役に運転ができますか」
「ふたりとも、いちおうはできますよ」
「それですべてそろいました。もう成功したも同然です」
 須原は春泥の構想がおぼろげにわかったらしく、ニヤリと笑った。
「さすがに春泥先生だ。これは名案です。X氏は思うぞんぶんふくしゅう心を満足させることができますね」
「きみにはもうわかったのですか。えらいもんだな」
「いや、こまかいことはわからないが、大筋は想像できますよ。これは恐ろしいふくしゅうだ。きみはずいぶん残酷なことを考えたもんですね」
 ふたりはそこでまた、ニヤニヤと悪魔の笑いをとりかわした。
 それから、さらに細部にわたって打ち合わせをすませてから、ふたりは観覧車を出て、花屋敷の入り口で、さりげなくわかれを告げた。

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