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影男-无底深渊(3)
日期:2022-02-14 23:50  点击:280

 比佐子は美しい女の一寸法師に見えた。スカートが浮いているので、ももから上だけの人間のように見えた。その一寸法師が苦悶(くもん)している。美しい顔をけだもののようにゆがめて絶叫している。その声をだれかに聞かれやしないかと心配になった。だが、だいじょうぶだ。それを救いを求める声だと悟られるほどの近さには、一軒の人家もないのだ。遠くの家にかすかに聞こえたところで、犬の遠ぼえほどにも感じないだろう。
 もう腹まで沈んでいた。これほどの恐怖がまたとあるだろうか。すぐ目の前に堅い大地がある。だが、ちょっとのことで、そこへ手が届かないのだ。比佐子は髪をふり乱して狂乱していた。自由な両手だけを、めったむしょうに振り動かして、空気にさえ取りすがろうとしていた。醜くゆがんだ顔は、汗と涙によごれ、口は白い歯がむき出しになって、化けもののように大きくひらいていた。
 そのころになって、やっと年増女が起き上がった。そして、苦悶する比佐子のほうに向きなおり、そこにしゃがんで、何かしゃべりだした。毛利氏に代わって、恨みごとを述べているのだ。どうだ、悪女め、思い知ったかと、さもここちよげに笑いののしっているのだ。
 もう胸まで沈んでいた。あと数分で顔までどろが来るだろう。そして、息ができなくなるだろう。比佐子は知りすぎるほど、それを知っていた。その苦しみを想像すると、恨みに燃える毛利氏の心中にも、いささか憐愍(れんびん)の情がわかないでもなかった。だが、いまさらどうなるものでもない。彼女を助けようとしたら、その行動によって、こちらの罪がばれるのだ。そして、こんどは逆に、彼女のほうから、どんなふくしゅうをされるか知れたものではない。
 もう首まで沈んでいた。首のまわりを、スカートのすそが、石地蔵のよだれかけのように取り巻いていた。首だけの女は、もうわめいていなかった。断末魔の恐怖に、目は眼窩(がんか)を飛び出し、ほおはどろによごれていた。それが血にまみれているのかと錯覚された。年増女も、さすがに顔をそむけていた。殺人会社の女重役も、この苦悶(くもん)を正視するに耐えない様子であった。
 徐々に、徐々に、口、鼻、目と沈んでいった。目が沈むときが最も恐ろしかった。毛利氏は思わず双眼鏡をはなして、ため息ともうなりともつかぬ声を出した。かれはもう激しく後悔していたのだ。いまさらどうにもできないことを、底なし沼に沈みつつある女と同じほど恐怖していたのだ。
 もう髪の毛も隠れ、さし上げた両手だけが残っていた。それが白い二匹の動物のように、地上にもがいていた。凄惨(せいさん)な踊りを踊っていた。
 だが、その両手さえも、一センチずつ、一センチずつ隠れていって、最後に、何かをつかもうとする手首だけが地上に残り、五本の足のカニのように、どろの上をはいまわっていたが、それすら、ぼかすようにどろの中に消えていった。しばらくは、砂まじりのどろの表面がブクブクとあわだっていたが、やがて、それも、なにごともなかったように静まり返ってしまった。
 一面の白砂の中に、さしわたし一間ほど、丸くどろによごれた個所が残った。もうその表面は固体のように動かなかった。キラキラとまぶしく光る真昼の陽光が、その上を静かに照らしていた。あの黒いトビは、さきほどよりもずっと低く、その上に輪を描いてとんでいた。

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