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影男-不可思议的老人(2)
日期:2022-02-14 23:50  点击:271

 メフィストめいた上品な顔が、ニヤリと笑った。
 殿村は、それを聞くと、いよいよ好奇心がつのってきた。この老人はほんとうに五十万円のねうちのある不思議なものを見せようとしているのか。それとも、粋人の座興か。あるいは、悪質の詐欺か。いずれにしても、誘いに乗ってみるねうちはある。
「それじゃあ、女たちは帰してもいい。しかし、金は今夜はまにあわないが……」
「わかってます。わかってます。ほんとうにそこへ行くのは、あすのことです。それまでに、よくご相談をしなければなりません。あなたも、内容も聞かないで五十万円は投げ出さないでしょうからね。これからそのご相談がしたいのですよ」
「どこで?」
「静かな別室のあるバーがあります。すぐ近くです。そこへご案内しましょう」
 影男の殿村は、この不思議な老人に深い興味を感じたので、いうがままに、女たちを引きとらせ、老人について銀座裏の小さなバーにはいり、奥の狭い別室に対座した。酒を命じておいて、老人はひそひそと話しはじめる。
「これは絶対に秘密ですよ。わかりましたか。わしは、三日というもの、あんたのあとをつけて、じゅうぶん観察した。そして、この人ならばだいじょうぶと考えて、話しかけたのです。わしは高級客引きを専門にやっている者です。名まえは申しません。あんたのお名まえも聞きません。この取り引きには、名まえなど必要がないのです。あんたのほうでは五十万円の現金を出せばいいのだし、わしのほうではその場所へご案内すればいいのですからね」
「それはどこです?」
「中央線の沿線で、荻窪(おぎくぼ)の少し向こうです」
「そこにそういうものがあることは、だれも知らないのですね」
「もちろんです。五十万を出して、そこを見た人が幾人かありますが、その人たちも、堅く秘密を守ることになっています。それから、そこに住んでいる人たちと、このわしのほかには、だれも知りません」
「そこに住んでいる人たちというと?」
「それが秘密です。いまにあんたの目でごらんになれば、わかりますよ。そこは、われわれの世界とはまったく別の場所なのです。天国といってもいいし、地獄といってもいいでしょう。ともかく、この世のものではないのです」
「しかし、やっぱり一種の見せ物でしょうね。いくら変わった見せ物でも、五十万円という入場料は、(けた)はずれじゃありませんか」
「その場所が桁はずれだからです。それに、めったな人には見せられない場所です。五十万円さえ出せば、だれにでも見せるというわけではないのです」
「それにしても、ばくだいな見物料を払うからには、何かの歓楽が得られるのでしょうね」
「むろんです。驚愕(きょうがく)と、恐怖と、歓楽とです。この世のほかのものです。想像を絶したものです」
「危険も伴いますか」
「あるいは危険があるかもしれません。つまり、冒険の快味ですね。多少の危険をおかさなくては、最上の歓楽は得られません。あんたは、そういうことがわかるおかただと見て、お誘いするのです。もし、わしの見ちがいでしたら、これでお別れにしましょう」
 白ひげの老人は、そういって、席を立ちそうにした。これも高級ポンピキのかけひきの一つなのであろう。
「よろしい。あすの晩、五十万円を持ってきましょう。何時にどこへ行けばいいのですか」
「ふうん、さすがにわかりが早いですね。こんなに早く決心をしたお客さんははじめてです……場所はこのバーにしましょう。時間は午後の九時です」
 そして、翌日の午後九時ごろ、ふたりは同じバーで落ちあった。
 殿村が千円札で五十万円の束をさし出すと、老人はそれをちょっと調べて、すぐ返した。
「前金ではありません。先方に着いてから、引きかえでよろしい。これは先方の主人の収入で、わしはこのうちのごく一部をもらうだけですからね」

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