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影男-不可思议的老人(3)
日期:2022-02-14 23:50  点击:283

 ふたりは老人が用意してきた自動車に乗った。運転手は老人の仲間のものらしく感じられた。四十分ほど走って、目的地についた。コンクリートべいでかこまれた、ひどく大きな屋敷の門前であった。老人はカギを出して、唐草(からくさ)模様の古風な鋳物の鉄のとびらをひらいて、殿村を門内へ案内した。
 すぐ目の前に、大きな建物が黒くそびえていたが、どこか裏手のほうに、ぼんやりあかりがついているだけで、どの窓もまっくらであった。
「もとはりっぱな住宅だったが、いまでは荒れはてて、ある会社の倉庫に使われているのです。その番人の老人夫婦が、この広い家に、ただふたり住んでいるだけです。だが、わたしたちはこの家には用はありません。裏に池があるのです。その池の中へはいるのですよ」
 老人はそんなことをささやきながら、先に立って歩いていく。
「池の中へはいるとは?」
 殿村がおどろいてたずねると、老人はかすかに笑い声をたてて、
「いや、水の中へはいるのではありません。いまにわかりますよ」
 そのまま、ふたりともだまりこんで、やみの中を歩き、やがて、広い庭園に出た。樹木の多いりっぱな庭らしいのだが、常夜灯があるわけでなく、燈籠(とうろう)にあかりがはいっているわけでもなく、まったくのくらやみだから、そのけしきを見ることはできない。足もとに雑草がはえ茂っているところをみると、久しく手入れをしない荒れはてた庭のようである。曇っていても、空はうす明るく、その余光で、およその物の形はわかる。大きな木が林のように立ちならんでいる中に、広い池の水が見えてきた。
 老人は殿村の手をひっぱって、この池の岸に腰をおろした。さし渡し十四、五メートルはあろうか、庭園の中心を占めた不規則な楕円形(だえんけい)の池である。黒い水が、じっと静まり返っていた。
「さっき、ちょっと知らせておきましたから、いまに不思議なことがおきますよ。池の中をよく見ててください」
 老人がやはりささやき声でいった。
 この深夜の古池が、何かしら不思議な見せ物への木戸口とすれば、実にきばつな趣向であった。怪奇に慣れた影男でさえ、異様な好奇心に、胸のときめくのを感じた。
 目がやみに慣れるにつれて、あたりがだんだんはっきり見えてきた。思ったよりも広い庭、深い木立ちであった。ふと気がつくと、岸から三メートルほどの池の中に、黒い(くい)のようなものが立っている。水面から二尺ほどもつき出している。
 だが、よく見ると、それは杭ではなかった。頭がキセルのがん首のように曲がった径四センチほどの鉄管のようなものであった。
「気がつきましたか。あれ、なんだと思います。どっかでごらんになったことはありませんか」
 老人がいうので、考えてみたが、想像がつかなかった。だまっていると、老人が説明した。
「あれは潜望鏡ですよ。ペリスコープですね」
「潜航艇の中から、海の上をながめるあれですか」
「そうです」
「じゃあ、あの池の中から、だれかが潜望鏡でのぞいているのですか」
「まあそうですね。もっとも、こんなに暗くちゃ見えません。のぞくのは昼間だけですがね」
 さすがの影男も、あきれかえってしまった。庭の古池の中にひそんで、長い潜望鏡をつき出して、外のけしきをながめている人物とは、いったい何者であろう。世間の裏側ばかり捜しまわっている影男も、こんなへんてこなやつに出くわしたのははじめてであった。
「こいつは五十万円の値うちがありそうだぞ」
 かれはゾクゾクするほどうれしくなってきた。
 見ていると、池の中から突き出した潜望鏡がぐんぐん伸びていた。もう三尺を越す長さになっていた。すると、そのとき、池の水が異様に動いて、何か大きなものが浮き上がってくるように感じられた。
 黒い怪物がニューッと頭をもたげた。さし渡し一メートル以上もあるような、黒い円筒形のものである。その表面は平らになっていて、すみのほうから、さっきの潜望鏡が突き出ていた。やっぱり、潜航艇の司令塔のてっぺんのような感じである。では、こんな小さな池の中に、潜航艇が沈んでいたのであろうか。
「ほんものの潜航艇ですか」
「いや、そうじゃありません。これだけのものです。あの太い円筒形のシリンダーが、出たりはいったりするだけですよ。そして、これが目的地への、たった一つの出入り口になっているのです」
「目的地というと」
「あんたに見せるもののある場所です。天国と地獄です」
 機敏な影男は、たちまちその意味を察した。目的の場所は、地底にあるのだ。そして、この池の中のシリンダーは、そこへの入り口なのだ。いつもは池の中に沈んでいるので、こんなところに出入り口があるとは、だれも考えない。そのシリンダーが、夜なかにニューッと水面上に首を出して、そこから人が出入りするのだ。用がすめば、また池の底へ隠れてしまう。なんという用心深さであろう。それに、このシリンダーを動かすのには、モーターもいることだろうし、たいへんな費用がかかる。それほどまでにして保とうとする秘密とは、いったいどのようなものであろう。影男は、そう考えると、はち切れそうな好奇心に、いよいよ胸がおどるのであった。

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