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影男-蛇脸(2)
日期:2022-02-16 17:55  点击:303

 その篠田さんが、奥さまのおへやにいらっしゃるときに、だんなさまが外からお帰りなすったのです。だれが来ているんだってお尋ねになったので、篠田さんですと申し上げると、玄関で、だんなさまのお顔色がサッと変わりました。もう夜ふけだったのです」
 千代はおびえた目であたりを見まわしたが、またしゃべりつづける。
「だんなさまは、そのまま着替えもしないで、奥さまのおへやへおはいりになりました。しばらくすると、コーヒーを持ってこいとおっしゃって、さだ子さんが(あたしと同じ小間使いですの)お台所で作って持っていきました。だんなさまと、奥さまと、篠田さんの三人で、長いあいだ、何か話していらっしゃいました。おまえたちはもう寝てもいいとおっしゃるので、わたしたち、やすんでしまいました。別に騒がしいようなことはありませんでした。何かあれば、わたしどもにわかるはずですもの。そして、朝起きてみると、奥さまと篠田さんが、どっかへ行ってしまって、見えないのです。だんなさまにおききしますと、ちょっと旅行をしたのだとおっしゃるのですが、うちじゅうのだれにきいても、おふたりが出発されたことを知らないのです。みんな不思議がっていました。
 すると、けさ、妙なことがわかったのです。お屋敷の庭は五百坪もあるのですが、お座敷の前の庭が、裏手のほうにつづいて、その境めは狭くなっているのです。その境めの立ち木に、ずっと綱が幾重にも張ってあるのが見えました。裏のほうにも綱が張ってあって、その中の裏庭へはだれもはいれないようになっているのです。だんなさまは、あの綱の中へはいってはいけないって、こわい顔をして、わたしどもにおっしゃいました。
 庭番のじいやにきこうとしましたが、いつの間にか、いなくなっているのです。じいやはきのう、だんなさまのお言いつけで、箱根の別荘の庭の手入れをするために、そちらへ行ったのだというのです。
 わたし、不思議でたまらないものですから、そっと綱のところへ行って、向こうのほうをのぞこうとしました。でも、木が茂っていて、なにも見えないのです。そのとき、茂みの中に、サーッという音がしました。なんだか大きなヘビが、こちらへやって来るような気がしたんです」
 千代はそこでちょっとことばを切って、そっとうしろを見た。その辺に怪しいものが隠れてでもいるような、恐怖のしぐさだった。
「すると、不意に、そこへだんなさまの姿があらわれたのです。そして、じっと、わたしをにらみつけていらっしゃるのです。そのお顔! ほんとうに、人間のヘビのようでしたわ。何もおっしゃらないで、じっとわたしの顔をみつめていらっしゃるのです。青ざめた顔に、目だけがウサギのようにまっかでした。口が半分ひらいて、(きば)のような白い歯が出ていました」
「ご主人には、そんな牙のような歯があるの?」
「いいえ、そう見えたのです。ほんとうに牙があるわけではないのです……わたし、みいられたようになって、からだがしびれてしまって、声をたてようとしても出ないのです。しばらくそうしていました。だんなさまは何もおっしゃらないで、ただじいっとこちらを見つめていらっしゃるばかりです。気がちがったのじゃないかと思いました。わたし、死にものぐるいで、やっと、あとじさりに歩くことができました。そして、おもやのほうへ駆けだしたのです。
 それから一時間もたったころ、わたしどもみんなが、お座敷へ呼ばれました。そこにヘビのようなだんなさまがすわっておいでになったのです。そして、今夜わたしは長い旅に出るから、おまえたちみんな暇をやる。夕がたまでにここを出ていくようにとおっしゃって、それぞれお手当をくださいました。ですから、みんなお暇をいただいたのです。わたしは、うちに帰るまえに、山際さんのところへ行って、ご相談しました。警察へ届けたものでしょうか? って」
「そういうわけなのよ」良子が引きとって、「それで、警察へ届けるまえに、いちおうあなたのお耳に入れておくほうがいいと思って」
「ほかの召し使いたちはどうだろう。だれかが警察へ行きゃしなかっただろうか」
「いいえ、そういうことをした人はないと思います」千代が答える。「だんなさまのこわい姿を見たのはわたしだけで、わたしはだれにもそのことをいわなかったのです。みんな、だんなさまがとっぴなことをなさる癖は、よく知ってました。また始まったぐらいに思っているのですわ。それに、お手当もたくさん出たものですから、だれも不服をいうものはなかったのです。みんな喜んで、うちへ帰っていますわ」
「店もあるだろうし、工場もあるんだろう? そのほうはどうしたのかしら?」
「よく知りませんけど、店や工場はそのままだろうと思います。両方とも主任のかたがいて、だんながおるすでも、ちゃんとやっていけるのですもの」
「よし、わかった。あんたは、ともかくうちへお帰りなさい。きみもひとまず引き揚げてくれたまえ。あとはぼくにまかせておけばいい。あ、それから、川波さんのうちの見取り図をここへ書いておいてください」
 影男の速水は、テーブルに紙をひろげて、千代に鉛筆を渡した。彼女が考え考え、見取り図を書き終わると、速水は要所要所の質問をして、屋敷のもようをすっかり頭に入れてしまった。
「これでよし。さあ、ぼくは忙しくなるぞ。いろいろ準備がいるからね。じゃあ、ふたりとも、さようなら」
 かれはニコニコして立ち上がった。千代がさきに、良子はあとからドアを出たが、そのとき、影男は、千代に知られぬように、良子の腰に手を回し、すばやい接吻(せっぷん)をかわすことを忘れなかった。

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