「おやッ!」
昌吉は、壁紙の破れた個所を見つめた。縦横のかき傷は、落書きの文字であることがわかった。
「ここは人殺しの」
と読まれた。だれかがつめで壁に字を書いておいたのだ。昌吉は急いで壁紙をもっと大きくはがしてみた。そこにはこんな恐ろしいことばが彫りつけてあった。
このへやには先客があったのだ。そして、苦しまぎれに、こんな落書きを残していったのだ。まだほかにも書いてあるかもしれない。昌吉は手当たりしだいに壁紙をはがしはじめた。すると、あった、あった。また別のことばが彫りつけてあった。
ああ、そうだったのか。レンガ積みは、そういう意味だったのか。昌吉は急いでドアの前に行って、耳をすました。まだ聞こえない。レンガ積みの作業は、まだはじまっていない。だが、やがてはじまるのだ。そして、ふたりは、この先客と同じ運命におちいるのだ。
そうとわかると、もっと落書きが見たかった。まだ書いてあるにちがいない。また壁紙破りをつづけた。美与子も、さっきの落書きを読んでいた。そして、昌吉といっしょになって、壁紙を破りはじめた。のりがよくついていないので、はがすのはわけもなかった。
「ここ、ここ!」
美与子が指さすところを見ると、また別の文字があった。
その横手をはがすと、つづきのことばがあった。二人は顔をくっつけるようにして、息もつかず、それを読んだ。
ふたりは手の届くかぎり、四方の壁紙を破った。壁という壁がぼろでおおわれたような醜い姿になった。ふたりは壁に顔をつけるようにして、落書きを捜しまわった。
ああ、ここにもあった。つめ書きの文字は、ひどく乱れて読みにくくなっていた。
「ここよ、ここよ」
美与子が、泣き声で叫んだ。そこには、見るもむざんなたどたどしい字で、断末魔の一句がしるしてあった。
その最後の行は、もうほとんど文字の形をなしていなかった。もがき苦しむつめのあとにすぎなかった。
昌吉と美与子は、ひしと抱き合って、へやのすみに立っていた。そして、どんなかすかな音も聞きもらすまいと、耳をすましていた。いまにもドアのそとに、レンガ積みの作業がはじまるのではないかと思うと、生きたそらもないのだ。
そのとき、どこかで音がした。ドアの外らしい。コツコツとつづいている。ああ、いよいよレンガ積みがはじまったのであろうか。
だが、そうではなかった。スーッとドアがひらいた。何者かがはいってきた。それはさっき、ふたりをここに運んできた自動車の運転手であった。大きな新聞紙の包みをこわきにかかえていた。
かれはニヤニヤ笑いながら、無言のまま、ふたりのほうへ近よってきた。こちらはいっそうひしと抱き合って、じりじりとへやのすみへ、あとじさりしていくばかりだった。