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犬神家族-第二章 斧.琴.菊(2)
日期:2022-05-31 23:58  点击:321
「お客さんだよ」
猿蔵が声をかけると、すぐに奥から女中が出てきて、
「さあ、どうぞ、皆さまお待ちかねです」
と、さきに立って案内した。長い長い廊下であった。どこまでつづくかと思われる。廊
下また廊下の迷路であった。廊下に沿うて無数の座敷があった。しかし、その座敷のどれ
にも人影はなくて、屋敷全体が墓場のようにしいんと静まりかえっているのが、いかにも
大事の起こるまえの緊張を思わせた。
やっと金田一耕助は一同の集まっている座敷へ案内された。
「お客様を御案内しました」
廊下に手をついて、女中が障子をあけると、そのとたん、犬神家の一族の視線が、いっ
せいに、金田一耕助の上に注がれた。古館弁護士は上座のほうから目礼しながら、
「御苦労さま、どうぞそちらのお席へ……下席ではなはだ失礼ですが……」
耕助がかるく頭をさげて席につくと、
「皆さん、このかたが、いまお話し申し上げた金田一耕助氏で……」
犬神家の一族は、それぞれ耕助に向かってかるく目礼する。
金田一耕助はそれらのひとびとの視線が、自分をはなれて、古館弁護士のほうへ向けな
おされるのを待って、ゆっくりと座敷のなかを見回したが、そのとたん、なんともいえぬ
戦慄が、背筋をむずがゆく走り去るのをおぼえたのである。
そこは十二畳二間をぶちぬいた座敷で、正面の白木の壇には大輪の菊花におおわれた故
犬神佐兵衛翁の写真がかざってある。そして、その壇のまえには、黒紋付きの羽織|袴《は
かま》で、三人の青年が座っていたが、そのいちばん上座にいる人物を見たとき、耕助の
胸はあやしく躍るのだった。その青年は真っ黒な頭巾をスッポリと頭からかぶっている。
その頭巾には眼のところにふたつの孔があいていたが、伏し眼がちにうなだれているので、
孔の奥は見通せなかった。いうまでもなく、昨夜かえってきた佐清にちがいない。
さて佐清にならんで座っている二人の青年の顔には、金田一耕助も「犬神佐兵衛伝」に|
挿入《そうにゅう》された写真で見覚えがあった。次女竹子の息子佐武と、三女梅子のひ
とり息子佐智である。佐武は小太りに太って、|衝《つい》|立《たて》のように四角な
体つきだが、佐智はほっそりとして、|華《きゃ》|奢《しゃ》な体質である。佐武のム
ッツリとして、人を人とも思わぬ尊大な面構えに比して、佐智のいっときとしてひとつと
ころにとどまっておらぬ眼つきの、どことなく軽薄で|狡《こう》|猾《かつ》そうな表
情が、いちじるしい対照を示している。
さて、三人から少しはなれたところに、珠世がただ一人、美しく、端然と座っている。
こうして、静かに取りすまして座っている珠世の美しさは、いよいよ尋常のものではなか
った。いつかと違って白襟の黒紋付きを着ているので、いくらか老けては見えるものの、
その神々しいばかりの美しさは、実に、歯ぎしりが出るようだった。
珠世から少しはなれたところに、古館弁護士が座っている。
さて、珠世の反対側には、松子、竹子、竹子の夫|寅《とら》|之《の》|助《すけ》、
佐武の妹小夜子、それから三女梅子とその夫幸吉という順に居並んでいる。
小夜子もかなり美しい。もし、そこに珠世というものがいなかったら、彼女もまた、十
分美人でとおったであろう。しかし、珠世のたぐいまれな美しさのまえには、彼女の|美
《び》|貌《ぼう》もいちじるしくかすんでみえる。小夜子はそれを意識しているのであ
ろう。おりおり珠世を見る眼つきになんとやら、ただならぬ敵意がうかがわれる。どこか
険のある美しさである。
「さて……」
やがて、軽いしわぶきとともに、古館弁護士は|膝《ひざ》においた、分厚な封筒を取
りなおした。
「それではいよいよ遺言状を読みあげますが、そのまえに、松子奥さまにお願いがあるの
ですが……」
松子は無言で弁護士を見る。利かぬ気らしい五十|婆《ばあ》さんである。
「この遺言状は、佐清さんが復員されて、皆さん御一同がお集まりになったとき、はじめ
て開封を許されることになっております……」
「わかっております。佐清はそこに帰ってきております……」
「しかし……」
と、弁護士はいくらか口ごもって、
「そこにいられるのが、果たして、ほんとに佐清君かどうか……いや、けっしてお疑いす
るわけではありませんが、ちょっとお顔を拝見できれば……」
松子夫人の眼がチカリとものすごく光った。
「なんですって? それでは古館さんは、この佐清をにせものだとおっしゃるのですか」
しゃがれて低いながらも、どこかねつい、底意地の悪そうな声だった。
「いやいや、そういうわけではありませんが、……皆さんいかがでしょうか。このままで
よろしゅうございましょうか」
「それは困りますね」
言下に竹子が口をはさんだ。姉の松子の細いながらも竹のように|強靭《きょうじん》
な体質に比して、竹子は小太りに太って小山のような体をしている。あごも二重あごで、
いかにも精力的な感じである。それでいて、こういう太った婦人にありがちな人のよさは|
微《み》|塵《じん》もなくて、姉に負けず劣らず底意地の悪そうな女だった。
「梅子さん、あなた、どうお思いですか。一度頭巾をとって、佐清さんのお顔を拝ませて
いただかなくちゃあね」
「それはもちろんですわ」
三女の梅子も言下に答えた。三人の異母姉妹のなかで、梅子がいちばん美しい。しかし、
底意地の悪そうな点でも三人のなかで一番だった。
竹子の夫の寅之助と、梅子の夫幸吉も、竹子の言葉に同意を示した。
寅之助という男は五十がらみの、あから顔の大男で、眼つきのギロリとした、横柄な男
である。佐武の衝立のような体と尊大な面構えは、この父と母竹子からうけついだもので
ある。寅之助にくらべると、幸吉はずっと小柄で、色の白い、一見柔和そうな顔つきをし
た男である。しかし、息子の佐智にそっくりな、よく動く眼は、腹の黒さをそのまま表現
しているように思われる。薄いくちびる、いつも薄ら笑いをうかべたような男である。
一瞬、一座はシーンと静まりかえっていたが、だしぬけに松子が金切り声をはりあげた。
「佐清、頭巾をとっておやり」
佐清の頭巾をかぶった頭がビクリと動いた。それからよほどたってから、佐清の右手が
おどおどとあがったかと思うと、頭巾を下からしだいにまくりあげていった。
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