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犬神家族-第三章 凶報至る(1)
日期:2022-05-31 23:59  点击:264
第三章 凶報至る
十一月十六日。――その朝、金田一耕助は、いつになく朝寝坊をして、十時だというの
に、まだ寝床のなかでモゾモゾしていた。
耕助がそんなに朝寝坊をしたというのは、昨夜、おそくまで起きていたからである。
昨日、那須神社で、佐清の手型を手にいれた佐武と佐智は、これから帰って、あの奇妙
な仮面をかぶった男に、改めて手型をおさせて、事の実否をたしかめるのだと意気込んで
いた。そして、金田一耕助にも証人として、その場に立ち会ってくれるようにと懇請した
が、さすがに耕助も、そればかりは断わったのである。
なにか事件が起こったあとならばとにかく、そうでもないのに、あまり他人の家庭の私
事に首をつっこんで、だれからにしろ、変な眼で見られるのは、好ましいことではないと
思ったからである。
「そうですか。いや、それならばよござんす。古館さんもいらっしゃることでするから……」
衝立の佐武はすぐあきらめたが、
「でも、この巻き物が問題になるようなことがあった場合、あなたも証人になってくださ
るでしょうね。たしかに那須神社から、受け取ったものだということについて……」
と、狐の佐智が念を押した。
「それはもちろんです。そこに私の署名がある限りは、ぼくもあとへは引きませんよ。と
きに古館さん」
「はあ」
「いまもいったように、その場に立ち会うことは、ぼくも困るのですが、結果については
できるだけ早く知りたい。どうでしょう。あの奇妙な仮面をかぶった男が、佐清さんであ
るにしろないにしろ、できるだけ早く、その結果を知らせていただくわけにはいきません
か」
「いいですとも、それじゃ帰りに、宿のほうへ立ち寄りましょう」
こうして金田一耕助を、宿のまえにおろした自動車は、そのまま犬神家へ帰っていった
のである。
古館弁護士が約束を守って、金田一耕助の宿を訪れたのは、その晚十時ごろのことだっ
た。
「どうでした。結果は……?」
古館弁護士の顔を見た|刹《せつ》|那《な》、耕助はなにかしら、ハッとするものを胸
に感じて、思わずせきこんで、そうきかずにはいられなかった。それほど古館弁護士の顔
色は、暗く、きびしく、かつ、|猜《さい》|疑《ぎ》に|充《み》ち満ちていたのであ
る。
弁護士はかるく首を左右にふると、
「だめでしたよ」
と、吐き出すようにいった。
「だめ……? だめとは?」
「松子夫人がどうしても、佐清君の手型をおさせようとしないのです」
「こばむのですか」
「ええ、頑強に……絶対に佐武君や佐智君の言葉をきこうとしないのです。あれじゃ当分、
絶対にだめでしょうね。佐清君の手型をとるためには、佐武君もいったとおり、力ずく、
腕ずくよりほかにしようがないでしょうが、まさかそこまではね。結局、今夜の結果はう
やむやでしたよ」
金田一耕助はなにかしら、腹の底がズシーンと重くなる感じだった。
「しかし……しかし……」
と、耕助は乾いたくちびるをなめながら、
「それじゃますます、佐武君や佐智君の疑いをあおるようなもんじゃありませんか」
「そうですとも。だからわたしも口が酸っぱくなるほど、松子夫人を説いたんです。しか
し、なんといっても聞きいれるひとじゃありません。反対に、カンカンにいきり立って、
さんざんわたしは毒づかれましたよ。あのひとは気の強い、いったんこうといい出したが
最後、なかなかひとの言葉をききいれるようなひとじゃありませんからね」
古館弁護士はほうっと、深い、暗いため息を吐き出した。それからまるで、まずいもの
でも吐き出すように、その夜のいきさつについて語って聞かせた。金田一耕助は、古館弁
護士の話を聞きながら、その場の情景を、まざまざとあたまのなかに描き出してみる。
そこはいつか、遺言状が読みあげられた、十二畳の座敷であった。
正面の白木の壇にかざった佐兵衛翁の写真のまえに、犬神家の一族が集まっている。あ
の奇妙な、薄気味悪いゴムの仮面をかぶった佐清と松子夫人を中心として、佐武と佐智、
それからかれらの両親や妹が、ずらりと円を描いている。その円のなかには、珠世と古館
弁護士の顔も見られる。
仮面をかぶった佐清のまえには、さっき那須神社から持ってきた、例の巻き物と、それ
から別に、一枚の白紙と朱墨の|硯《すずり》と筆がおいてある。
仮面をかぶっているので、佐清の顔色はわからなかったけれど、その肩が小刻みにふる
えているところを見ると、よほどかれも動揺しているらしい。その仮面のおもてにそそが
れる、犬神家のひとびとの眼には、猜疑と憎しみが充ち満ちている。
「それじゃ、伯母さん、あなたは絶対に、佐清君に、手型をおさせないとおっしゃるので
すか」
長い、殺気に満ちた沈黙のあとで、衝立の佐武が、なじるように言った。まるで歯のあ
いだから、生血がたらたら、滴るような声であった。
「ええ、絶対に!」
松子夫人が、しんねり強い、おさえつけるような声で答える。それから、ギラギラ光る
眼で、一同の顔を見わたしながら、
「いったい、これはなにごとです。顔こそ変わっておれ、この子は佐清にちがいありませ
ん。現在腹をいためた母のわたしが保証するのですよ。これほど確かなことがありましょ
うか。それをなんぞや、つまらない世間のうわさをまにうけて……いいえ、いやです、い
やです、そんな、そんな……」
「しかし、姉さん」
そのときそばから、佐武の母の竹子が言葉をはさんだ。静かな、落ち着いた声だったけ
れど、そこには多分に底意地悪いひびきがこもっている。
「それなら、よけいに佐清さんに、手型をおしてもらったらいいじゃありませんか。いい
え、わたしは何も、佐清さんの正体について、疑いを持ってるってわけじゃありませんの
よ。でも、世間の口には戸が立てられないから。……つまらないうわさを打ち消すために
も、ちょっと佐清さんに、手型をおしてもらうといいと思うんですがね。梅子さん。あな
た、どう思う?」
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