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犬神家族-第三章 凶報至る(3)
日期:2022-05-31 23:59  点击:263
「本陣殺人事件」では、血みどろになって|斃《たお》れている、新婚初夜の男女を見た
し、 「獄門島」の事件では、梅の古木に逆さづりされた娘の死体や、またその姉が、|吊《つ》
り鐘のなかに封じこまれて死んでいるのを見た。また「夜步く」の事件では、首をチョン|
斬《ぎ》られた、男女ふたりの死骸を見たし、「八つ墓村」では、幾人もの男や女が毒殺さ
れたり、絞め殺されているのを目撃した。
だから、かれにとっては、どのような変わった恐ろしい死体でも、もう免疫になってい
るはずだったが、それでもやっぱり犬神家の事件で、はじめて、あの変てこな殺人にぶつ
かったときには、呼吸をのんで立ちすくまずにはいられなかったのである。
犬神家から、迎えの自動車がやってきたのは、それから間もなくのことだった。金田一
耕助は大急ぎで飯をかきこむと、その自動車にとびのった。
みちみち耕助は、運転手の口から、なにかきき出そうと骨を折ったが、口止めされてい
るのか、それとも実際に知らないのか、運転手の答えははかばかしくなかった。
「わたしもまだよく知らないんですよ。だれかが殺されたとか聞きましたが、だれが殺さ
れたのか知りません。しかし、なにしろたいへんな騒ぎで……」
自動車は間もなく、犬神家の正門のまえにとまった。
すでに警察からひとが来ているとみえて、ものものしい表情をしたお巡りさんや私服が、
門を出たり入ったりしている。
自動車がとまると、すぐ門のなかから、古館弁護士が駆け出してきた。
「金田一さん、よく来てくれました。とうとう、とうとう……」
古館弁護士は逆上しているのか、耕助の腕をつかんだまま、あとの言葉がつづかなかっ
た。あの沈着な弁護士を、こうも逆上させるとは、いったいどのようなことが起こったの
であろうかと、耕助ははや、とむねをつかれる思いであった。
「古館さん、いったい、なにが……」
「来てください、こっちへ来てください。見ればわかります。恐ろしい……実に恐ろし
い。……正気のさたじゃありません。悪魔の仕業なんだ。……いったい、なんのためにあ
んな恐ろしいいたずらを……」
古館弁護士はしどろもどろであった。まるでなにかにとりつかれたように、眼がうわず
って血走っている。口から泡をふかんばかりであった。耕助の手首をつかんだ|掌《ての
ひら》が、もえるように熱かった。
耕助は無言のまま、ひきずられるように、古館弁護士についていく。
門のなかにはかなり長い車道があって、向こうに車寄せが見える。しかし、古館弁護士
はそのほうへは行かずに、かたわらの木戸から庭のほうへ踏みこんだ。
この犬神家の本邸というのは、佐兵衛翁の事業の基礎がかたまったとき、はじめてここ
に建てられたものだが、当時はたいして大きなものではなかった。それがその後、犬神家
の事業が大きくなり、産をなしていくにしたがって、しだいに周囲の土地を買いつぶし、
つぎからつぎへと建てましていったのである。だから、建物全体は、迷路のように複雑な
構造をもっており、また|幾《いく》|棟《むね》にもわかれていた。もし金田一耕助が、
ひとりでここへ踏みこんだとしたら、迷い子にならずにはいられなかったろう。
古館弁護士は、しかしこの屋敷の地理に通暁していると見えて、なんのためらいもなく、
ぐんぐん奥へ、金田一耕助をひきずっていく。
やがて西洋風の外庭をぬけると、日本風の内庭へ踏みこんだ。そのあたり、お巡りさん
がおおぜい、しぐれにぬれながらなにやらうろうろさがしている。
この内庭をつっきって、気のきいた|枝《し》|折《お》り戸をくぐると|俄《が》|
然《ぜん》、金田一耕助の眼前には、広い、みごとな菊畑が現われた。その菊畑のみごとさ
には、さしも無風流な金田一耕助も思わず眼をみはらずにいられなかったくらいである。
掃き清められた白砂の向こうに、茶室風な、凝った建物が見える。そして、その茶室を
とりまくようにして、市松格子の覆いをした、菊畑が整然としてならんでいる。市松格子
の覆いの下には、厚物、太管、菊一文字、さまざまな大輪咲きが、折りからのしぐれそぼ
降るわびしい庭に、ふくいくたる香りを放っている。
「あそこなんです。あそこに恐ろしいものが……」
耕助の腕をつかんだ弁護士が、うわずった声でささやいた。
見ると茶室の正面にあたる、菊畑のまえに、数名の警察が、凍りついたように立ちすく
んでいる。古館弁護士はひきずるように金田一耕助をそのほうへつれていった。
「見てください、金田一さん、あれを、……あの顔を……」
金田一耕助は、警官たちを押しわけて、菊畑のまえへ出たが、すぐにいつか古館弁護士
にきいた言葉を思い出した。
「猿蔵ですか。あいつは菊作りの名人なんです。いま、菊人形をつくっていますよ」
そうだ、その菊人形なのだ。しかもそれは、歌舞伎の「菊畑」の一場面。
中央に総髪の|鬼《き》|一《いち》|法《ほう》|眼《げん》が立っている。鬼一の
そばには|皆《みな》|鶴《づる》|姫《ひめ》が、|大《おお》|振《ふり》|袖《そ
で》をひるがえしている。鬼一のまえには、|前髪奴《まえがみやっこ》の|虎《とら》|
蔵《ぞう》と、奴の|智《ち》|恵《え》|内《ない》が左右にわかれてうずくまってい
る。そして、|敵役《かたきやく》の|笠《かさ》|原《はら》|淡《たん》|海《かい》
が、舞台の奥の、ほのぐらいところに、物の|怪《け》のように立っている。
金田一耕助は、ひと眼でこの舞台面を見わたしたが、すぐにあることに気がついた。こ
れらの菊人形の顔はみなそれぞれ、犬神家のひとびとの似顔になっているのである。
鬼一はなくなった佐兵衛翁であった。皆鶴姫は珠世である。前髪奴の虎蔵、実は牛若丸
は、あの奇妙な仮面をかぶった佐清にそっくりであり、奴の智恵内、実は喜三太は狐の佐
智である。そして、敵役の笠原淡海は……
金田一耕助は瞳を転じて、ほのぐらい舞台の奥に眼をやったが、そのとたん、強い電流
を通されたように、全身が|痙《けい》|攣《れん》し、そしてしびれていくのを感じた
のだ。
笠原淡海。――むろん、それはあの衝立の佐武だった。
だが……だが……笠原淡海ならば、総髪の|四《し》|方《ほう》|髪《がみ》でなけ
ればならぬはずである。それだのに……それだのに……その笠原淡海は、まるで現代人の
ような左分けの頭である。そしてまた、あの真に迫った、青黒い顔!
金田一耕助は、また、強い電流を通されたように、ピクリとはげしく痙攣し、思わず一
步乗り出した。
「あれは……あれは……」
舌が上あごにくっついて、思うように言葉が出ない。
金田一耕助は体をまえに乗り出して、仕切りの青竹も砕けよとばかりに握りしめたが、
そのときだった、淡海の首がうなずくように、二、三度ふらふらと動いたと思うと、やが
て、胴をはなれてころころと……

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