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犬神家族-第四章 捨て小舟(6)
日期:2022-05-31 23:59  点击:257
「お師匠さんこそあいにくでございましたわね。でも、せっかくいらしたんだから、おけ
いこもしていただきたいし、伊那へいらっしゃるにしても、もう少しこちらで様子を見ら
れたら……」
「ええ、まあ、そうしてもよろしゅうござんすけれど……」
そこへこの離れづきの女中が顔を出した。
「あの、奥さま、署長さんと金田一さんが、ちょっとお眼にかかりたいとおっしゃって……」
香琴師匠はそれを聞いて座を立った。
「奥さま、それじゃわたしはこれで失礼いたします。伊那へ立つにしましても、そのまえ
にもう一度お伺いするなり、お電話するなりいたしますから。……」
署長と金田一耕助が入ってきたのは、香琴師匠といれちがいだった。金田一耕助は香琴
師匠の、ちんまりとしたうしろ姿を見ながら、
「妙なお客さんですねえ」
「ええ、あのかたが、わたしの琴のお師匠さんです」
「眼が不自由なんですね」
「ええ、全然見えないというわけでもないのですけれど……署長さん、あの手型の鑑定が
ついたのですか」
松子夫人は署長のほうへ向き直った。
「いや、それはまだですがね。そのまえに、佐清さんにちょっと見ていただきたいものが
ありまして……」
松子夫人はさぐるように、二人の顔を見ていたが、やがて佐清の名を呼んだ。呼ばれて
佐清はすぐ離れから出てきた。
「ああ、佐清さん、お呼び立てしてすみません。実は見ていただきたいというのはこれな
んですがね」
どっぷりと、|血《ち》|糊《のり》を吸った日本手ぬぐいをひろげてみせると、佐清
よりも松子夫人のほうが眼を見はった。
「まあ、そんなもの、どこにございましたの」
そこで署長は、簡単に柏屋の亭主の話を語ってきかせると、
「と、いうわけで、ここに博多友愛会と染め出してあるでしょう。それで、佐清さんにな
にか心当たりはないかと思って……」
佐清は黙って考えていたが、やがて松子夫人のほうへ向き直って、
「お母さん、ぼくが復員してきたとき、博多で支給されたものはどこにありますか」
「ひとまとめにして、押し入れのなかにとってありますよ」
松子夫人は押し入れをひらいて、ふろしき包みをとり出した。ふろしきをとくと、軍隊
服や戦闘帽、それから|雑《ざつ》|嚢《のう》などが出てきた。佐清はその雑嚢をひら
いて、なかから一筋の日本手ぬぐいを取り出し、
「ぼくのときにはこれでしたが……」
その手ぬぐいには、『復員援護 博多同胞会』と染め出してあった。
「なるほど、するとそのときどきによって、支給品もちがうのかな。しかし、佐清さん、
だれかそういう人物に心当たりはありませんか。そいつは山田三平と名乗っており、とこ
ろは東京の麹町三番町二十一番地とあるんですがね」
「なんですって?」
突然、横から鋭い叫び声をあげたのは、母の松子夫人であった。
「麹町三番町二十一番地ですって?」
「ええ、そうですよ。奥さん、ご存じですか」
「知るも知らぬもございません。それは東京にあるわたしどもの家の番地ではございませ
んか」
金田一耕助が、突然、口笛を吹くような、鋭い音を立てたのはそのときだった。ガリガ
リガリ、ガリガリガリ、むやみやたらに髪の毛をかきまわす。橘署長もキーンと緊張した
眼つきになった。
「なるほど、これでいよいよその男が、昨夜の事件に関係があることがはっきりしてきま
したね。佐清さん、あなたそういう人物に心当たりはありませんか。戦友かなにかで、復
員してきて、訪ねてきそうな男……なにかあなたに恨みでもふくんでいそうな人物……」
佐清はゆっくり仮面の首を左右にふると、
「ありません。それは長いあいだでしたから、だれかに東京の家の番地ぐらい話したこと
はあるかもしれません。しかし、わざわざこの那須までやってきそうな男は思い当たりま
せん」
「それに署長さま」
とそばから松子夫人が口を出した。
「いま、あなたは、佐清に恨みをふくんでいる人物とおっしゃいましたが、殺されたのは
佐清ではなく、佐武でございますよ」
「いやそうでした」
署長は頭をかきながら、
「ところで佐武さんですがね、あのひとは兵隊は……?」
「むろんとられましたよ。でも、あの子は運がよくて、ずっと内地勤務で、終戦時分には、
たしか千葉かどこか、あの辺の高射砲隊にいたはずですよ。そのことなら竹子に聞けばも
っとよくわかるでしょうけれど」
「そうですね、それじゃあとで聞いてみましょう。ところで、奥さん、もうひとつお尋ね
したいことがあるんですがね」
署長はちらと耕助のほうを見ると、|臍《せい》|下《か》|丹《たん》|田《でん》
に力をこめるように大きく息を吸いこみながら、
「あの猿蔵のことですがね。猿蔵もむろん、兵隊にとられたんでしょうね」
「もちろん、とられましたよ。あの体ですもの」
「それで、終戦のときはどちらに……」
「たしか台湾だったとおぼえています。でも、運がよくて、ずいぶん早く復員してきたん
ですよ。たしか、終戦の年の十一月でした。でも、猿蔵がなにか……」
署長はそれには答えずに、
「台湾とすると、復員はやはり、博多じゃなかったでしょうかね」
「そうだったかもしれません。よく覚えてはおりませんが」
「ねえ、奥さん」
署長はそこで、言葉の調子を少しかえると、
「昨夜の会議ですがね。あれは親戚の方ばかりだったのでしょうね」
「もちろん、そうですわ。もっとも珠世さんは血がつづいてるわけではありませんけど。
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