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犬神家族-第四章 捨て小舟(7)
日期:2022-05-31 23:59  点击:245
まあ、親戚も同じようなものですから。……ほかに古館さんがいましたけれど。……」
「古館君はお役目ですからね。まさか猿蔵がその席に……」
「まあ!」
とんでもないというふうに、松子夫人は眼を見はって、
「あれがそんな席へ出るわけがございません。あれはただの召使、……それもお座敷など
へ出さない召使ですもの」
「なるほど、そうでしょうね、いえね、猿蔵が昨夜、どこでなにをしていたか知りたいと
思いましてね。まさか奥さんはご存じじゃないでしょうね」
「存じませんわ。網のつくろいでもしていたんじゃないでしょうか。昨日の夕方、琴糸の
古いのをくれといって来ましたから」
松子夫人の話によるとこうである。猿蔵は網を打つのが上手である。佐兵衛翁が生きて
いるころは、よくそのお供で、湖水は申すに及ばず、遠く天竜川まで網打ちに出かけたも
のである。
ところが戦争中には網がだんだん、手に入りにくくなった。網が手に入らないのみなら
ず、破れた網を修理する糸さえ入手困難になった。そのとき猿蔵が思いついたのが琴糸で、
古い琴糸を細くほごして、網の修理に使ったところたいへんぐあいがよかったとかで、い
までもそのとおりやっているらしいのである。
「あれでなかなか、手先の器用な男でございましてね。でも猿蔵がなにか……」
「いや、別になんでもないんですがね」
そこへ刑事のひとりがあわただしく入ってきた。佐武の死体が、あがったのである。
珠世沈黙す
佐武の死体が、思いのほか早くあがったのは、嵐のおかげであった。
吹きつのる嵐は、すべての捜査をさまたげたが、その埋め合わせのつもりか、湖底に沈
んでいた佐武の死体を、意外に早く、表面へ押し出してくれたのである。
死体があがったと聞いて、耕助と橘署長が水門口へ駆けつけていくと、むらがる刑事や
警官をかきわけて、つばの広い防水帽をかぶり、長い防水|外《がい》|套《とう》を着
た男がひとり、全身からポタポタと滝のようにしずくを垂らしながらモーターボートから
あがってきた。
「やあ、昨日はどうも」
その男からだしぬけに声をかけられて、耕助はびっくりして相手の顔を見直した。鉄ぶ
ちの眼鏡をかけたその顔は、どこかで見たような顔だったが、とっさには思い出せなかっ
た。返事に困ってヘドモドしていると、相手はニヤニヤしながら、
「は、は、は、お見忘れですか。那須神社の神主ですよ」
いわれて耕助はやっと思い出した。なるほど、那須神社の神主、大山泰輔である。
「や、や、こ、こ、これは失礼。あまり姿がかわっていらっしゃるもんですから」
「は、は、は、だれでもそういいますよ。しかし、まさかこの雨のなか、神主姿で道中も
できませんからね。戦争中にこんな手をおぼえたんですよ」
大山神主は小わきにかかえたボストンバッグをたたいてみせた。おそらくそのなかに、
神主の衣装が入っているのだろう。
「モーターボートでいらしたんですか」
「ええ、そのほうが早いんですよ。この嵐でどうかと思ったんですが、ぬれるのは同じこ
とですからね。思いきって湖水をつっきってくることにしたんですが、いや、おかげで途
中で、とんでもないものにぶつかってしまいましたよ」
「はあ、佐武さんの死体……?」
「ええ、そう、わたしが一番に見つけたんですよ。それがあなた、首のない死体なんでし
ょう。気味の悪いことといったら……」
大山神主は顔をしかめて、犬のように胴ぶるいをした。
「ああ、そう、それは御苦労様でした」
「いやぁ、……ではまたあとで」
大山神主はもう一度、犬のように体をふって、全身のしずくをふりおとすと、ボストン
バッグをかかえて行きかけたが、そのあとから金田一耕助がふと呼びとめた。
「ああ、大山さん、ちょっと。……」
「はあ、なにか御用ですか」
「あなたにちょっとお尋ねしたいことがあるのですが、いずれあとで……」
「ああ、そう、どんなことか知りませんがいつでもいいですよ。じゃあ……」
大山神主が行ってしまうと、金田一耕助ははじめて湖水のほうへふりかえった。水門口
の外には警察のランチをはじめ、モーターボートが二、三艘、木の葉のようにゆれながら
うかんでいる。死体はランチのなかにあるらしく、ものものしい表情をしたお巡りさんが、
ランチを出たり入ったりしていた。橘署長の姿もそのなかに見える。
金田一耕助はどうしようかとちょっと迷ったが、かれは格別、死体そのものに興味は持
たなかったので、ランチのなかへ入るのは見合わせた。死体の鑑別なら、医者や署長にま
かせておけばよいのだ。なにもいやな思いをしてまで、無気味な死体を見ることはない。
しばらく待っていると、やがて署長が汗をふきふきランチから出てきた。
「どうでした」
「いや、どうも。いくら商売だってああいうやつを見せつけられるのは、あんまりうれし
くありませんな」
署長は顔をしかめて、ハンケチでしきりに額をこすっている。
「で、佐武君の死体にはちがいないでしょうな」
「もちろん、いずれ遺族のひとにも見てもらわにゃならんが、さいわい楠田君がまえに二、
三度、佐武君を診察したことがあるので、まちがいないといってますよ」
楠田というのは町の医者で、警察の嘱託をかねているのである。
「なるほど、それじゃまちがいありませんね。ところで死因はわかりましたか。頭部のほ
うには格別傷もなかったから……」
「わかりましたよ。背中から胸へかけてただひと突き。ふいをつかれたとしたら、おそら
くグーの音も出ずに死んだろうと楠田君はいってますよ」
「それで凶器は?」
「日本刀のたぐいじゃないかというのが楠田君の説なんです。この家には、日本刀がかな
りたくさんあるはずなんですよ。佐兵衛翁が一時こってましたからね」
「なるほど、すると日本刀でえぐって殺して、あとで首を|斬《き》り落とした……と、
いうことになるんですね。斬り口のぐあいは?」
「どうせ素人細工ですからね。かなり苦労をしたろうと、楠田君はいってますよ」
「なるほど、ところで署長さん」
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