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犬神家族-第七章 噫無残!(3)
日期:2022-05-31 23:59  点击:240
松子夫人はそこで言葉をきると、くちびるのはしにものすごい微笑をうかべて、ジロリ
と一同を見まわした。金田一耕助はゾーッとするような気持ちで、橘署長や古館弁護士と
顔見合わせる。なんというすさまじい肉親憎悪、なんという恐ろしい父子|相《そう》|
剋《こく》図であろう。金田一耕助はまるで座布団から針でも出ているような、座りごこ
ちの悪さを感じずにはいられなかった。
松子夫人は語りつづける。
「これにはさすがの父も恐れをなしたらしゅうございます。きっとそれくらいのこと、や
りかねない女だと思ったのでございましょう。菊乃正妻の件はそれきり立ち消えになって
しまいました。いえいえ、恐れをなしたのは父ばかりではございません。女だけに菊乃の
恐怖はもっともっと大きかったのでございます。それこそ魂も身にそわぬほど、おびえき
っていましたが、そのうちに、とうとうたまらなくなったのか、臨月ちかいお|腹《なか》
をかかえて妾宅をとび出し、姿をかくしてしまったのでございます。これを聞いたときに
は、私どもほっと胸をなでおろし、みんなで|快《かい》|哉《さい》をさけんだもので
したが、いずくんぞ知らん、私どもはまんまと父にだしぬかれていたのでした」
松子夫人はそこでまた、ジロリと一同を見まわすと、
「皆さまは犬神家の三種の家宝、|斧《よき》、琴、菊のことはご存じでございますわね。
そして、それが犬神家にとって、どういう意味をもっているかということも。……菊乃が
姿をかくしてから間もなくのことでした。私どもは犬神奉公会の幹部のかたから、その家
宝がなくなっていること、そして、どうやら父がその家宝を、菊乃にあたえたらしいとい
うことを知らされました。ああ、そのときの私の怒り、……あまりの怒りのために、私は
息がつまりそうでした。そのとき私は決心したのでございます。よしよし、向こうが向こ
うならこっちもこっちだ、こうなったら、どのような非常手段も辞すものか……と。さし
あたり、私どものしなければならぬことは、草の根わけても、菊乃の居どころを突きとめ
ることでした。そして、斧、琴、菊の三種の家宝をとりかえすことでした。そこで私ども
はおおぜいのひとをやって、菊乃の居どころをさがさせたのですが、こういう田舎では完
全に姿をかくすということはむずかしゅうございます。私どもは間もなく菊乃が、伊那の
百姓家の離れに潜伏していることを突きとめました。それのみならず二週間ほどまえ無事
に男の子を生み落としたということまでわかりましたから、さあ、もうこうなったら一刻
も猶予はできません。そこである晚、私どもは三人そろって、伊那の百姓家へ菊乃を襲撃
したのでございます」
さすがに松子夫人も口ごもった。竹子と梅子も、当時の自分たちの恐ろしい所業を思い
出したのか、ゾクリと肩をふるわせた。一同は息をのんで松子夫人の話にききいっている。
「それは月も凍るような、寒い寒い晚のことでした。地面には霜がいちめんにおりて、雪
のように光っていました。私どもはまず菊乃が間借りをしている百姓家の主人に金をやっ
て、一家全部、しばらく家をあけるように命令しました。犬神家の威令は伊那地方にもお
よんでいますから、私どもの命令とあらば、だれもそむくものはないのです。そうしてお
いて廊下づたいに私どもが離れへ入ってまいりますと、菊乃は|伊《だ》|達《て》|巻
《ま》き姿で、赤ん坊に|添《そ》え|乳《ぢ》をしているところでしたが、私どもの姿
を見ると、一瞬、恐怖の化身のような顔をしました。しかし、すぐつぎの瞬間、そこにあ
った土瓶をとると、私どものほうへ投げつけました。土瓶は柱にあたって|木《こ》っ|
端《ぱ》|微《み》|塵《じん》となり、熱い湯がパッと私どもの上から降ってきました。
そのことがかっと私を逆上させたのです。赤ん坊をかかえて縁側からとび出そうとする、
菊乃のうしろからとびかかると、私は伊達巻きに手をかけました。伊達巻きはするすると
解けて、菊乃は帯とけ姿のままで、縁側からとびおりました。私が|襟《えり》|首《く
び》をつかまえているまに、梅子さんが赤ん坊をとりあげてしまいました。それをとりか
えそうともがいているうちに、着物がぬげて、菊乃は腰のもの一枚の赤裸になりました。
私はその髪の毛をとって霜の上におしころがすと、そこにあった竹ぼうきをとって、さん
ざんぶってやりました。菊乃の白い肌には、無数のみみずばれができて、なまなましい血
がにじんできました。竹子さんが井戸から水をくんできて、その上からぶっかけました。
何杯も、何杯も……」
その恐ろしい情景を語るのに、松子夫人はほとんどなんの感動も示さないのである。彼
女の顔は能面でもかぶったように、なんの感情も示さず、彼女の声は|暗誦《あんしょう》
でもするように、なんの抑揚もない。そのことが話の内容の恐ろしさを、いっそうなまな
ましく感じさせるのである。金田一耕助は|惻《そく》|々《そく》として身に迫る鬼気
に思わず肩をふるわせた。
「そのころまで、私どもはほとんど口をききませんでしたが、そのうちに菊乃がヒ?ヒ?
いいながら叫びました。あなたがたはいったい私をどうしようというのですかと。そこで
私がいったのです。そんなことは聞かなくてもわかっているじゃないか。斧、琴、菊をと
りかえしにきたのだよ。さあ、あれを早くお出し。しかし、菊乃という女は案外しぶとい
女で、なかなかうんといいません。あれは旦那様から坊やにいただいたのだからお返しす
るわけにはまいりません。そこで私はまた、竹ぼうきでさんざんぶってやりました。竹子
さんが何杯も何杯も水をぶっかけました。菊乃は霜の上をのたうちまわり、ヒ?ヒ?いい
ながらもうんといいません。そのとき、縁側で赤ん坊をだいていた梅子さんがこんなこと
をいったのです。姉さん、そんな手荒なまねをしなくたって、もっと簡単にその女に、う
んといわせるくふうがありそうなもの。そういって赤ん坊のお|尻《しり》をむき出しに
すると、ピタリ焼け|火《ひ》|箸《ばし》をあてがったのです。赤ん坊が火のついたよ
うに泣き出しました」
金田一耕助はムカムカするような吐き気をおぼえた。なんともいえぬ|嫌《けん》|悪
《お》|感《かん》に、腹の底がかたくなるようであった。橘署長や古館弁護士は、さて
は吉井刑事も、額にねっとりと脂汗をうかべている。猿蔵もおびえたような顔をしている
が、珠世だけはあいかわらず、端然としてただ美しい。
松子夫人はくちびるのはしにうすい微笑をうかべると、
「いつでもそうですが、私ども三人のなかでは梅ちゃんがいちばん軍師なのです。いちば
ん思いきったことをするのです。梅ちゃんのその一撃で、さすがしぶとい菊乃もまいりま
した。気が違ったように泣きながら、それでも斧、琴、菊の三種の家宝を返しましたよ。
それは押し入れの天井のうらにかくしてあったのです。私はそれを取りかえすともう満足
してかえるつもりだったのですが、そのとき、竹子さんがこんなことをいい出したのです。
菊乃さん、おまえ顔に似合わぬ大胆な女だね。製糸工場にいる時分から、おまえさんには
言いかわした男があって、その後もずっと関係をつづけているということを、わたしはち
ゃんと知ってるよ。そしてその男のタネなんだ。それをお父さんの子だなんて、おまえも
なんてずうずうしい女だろう。さあ、ここへ一札お入れ。この子は犬神佐兵衛のタネでは
ありません。情夫の子どもでございますって。むろん菊乃は躍起となって抗弁しました。
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