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犬神家族-第七章 噫無残!(4)
日期:2022-05-31 23:59  点击:242
しかし、そのときまた梅ちゃんが赤ん坊のお尻に焼け火箸をあてがったので、菊乃は泣き
泣き一札書いて入れました。そのあとで私は菊乃にこういったのです。おまえさん、この
ことを警察へとどけたかったらとどけてもいいよ。私たちはつかまって|牢《ろう》|屋
《や》へ入れられるだろう。でもまさか死刑だの無期だのってことにはなるまいから、牢
屋から出てきたらまた礼をいいにきますからね。竹子さんもいいました。菊乃さん、おま
え二度とお父さんのまえに姿をあらわしたり、手紙を書いたりしないほうがいいよ。私た
ちはたくさん、探偵をやとってあるのだから、おまえさんがどんなに内緒にしたところで、
すぐにわかってしまう。わかったらまたあいさつにきますからね。すると、最後に梅ちゃ
んが笑いながらこんなことをいったのです。ほんとに今夜のようなことが、もう二、三度
もあったら、この子は死んでしまうでしょうね。ほ、ほ、ほ……と。これだけいっておけ
ば、もう二度と、この女は父のところへかえってくるようなことはあるまいと思いました。
それで安心して私どもはひきあげようとしたのですが、そのとき、赤ん坊をだいて泣きく
ずれていた菊乃がむっくり顔をあげるとこんなことを口走ったのです」
松子夫人は言葉をきって、鋭い眼で一同を見回すと、急にネツい調子になって、
「ああ、おまえたちはなんという恐ろしい女だろう。これでこのまますんだら、天道様は
ひとを見殺しじゃ。いいや天道様は見殺しにしても、私はこのままにしてはおかぬ。いつ
かこの仕返しをせずにはおかぬ。斧、琴、菊……ほほほほほ、よきこと聞くですって。い
いえ、いいえ、いつまでもおまえたちに、よきことばかりは聞かしておかぬ。いまにその
斧、琴、菊がおまえたちの身にむくいてくるのじゃ。よく覚えておいで、斧はおまえで、
琴はおまえじゃ。そして菊はおまえさんじゃ。……髪ふりみだし、くちびるのはしから血
のにじんだ恐ろしい形相でそういうと、菊乃は狂ったようにギリギリ歯ぎしりをしながら、
私たち三人を順々に指さしていったのです。だれが斧で、だれが琴、そしてまた、だれが
菊だったか忘れましたけれど。……」
松子夫人はそこまで語ると、ピタリと口をつぐんでしまった。
そばには仮面の佐清が、おこりを患ったように、ワナワナ体をふるわせている。……
珠世の素姓
松子夫人の話はおわったが、しばらくはだれも口をきくものもなかった。|凄《せい》|
惨《さん》な夫人の話の後味の悪さに心をかきみだされたものか、みんなソワソワとギゴ
チなく顔を見合わせていた。やがて、橘署長が膝をすすめて、
「なるほど、それではこんどの事件の犯人は、菊乃という婦人だとおっしゃるんですね」
「いいえ、私、そんなことを申し上げた覚えはございません」
と、松子夫人はあいかわらずしんねり強い調子で、
「ただ、こんどの人殺しに斧、琴、菊が関係がありそうだとおっしゃるものですから、も
し、関係があるとすれば、この話よりほかにございませんので、お話し申し上げたまでで
す。この話が参考になるかどうか存じませんが、それを判断なさるのは皆さんのお役目で
はないでしょうか」
底意地の悪い言いかたである。橘署長は古館弁護士のほうにむきなおって、
「古館さん、それで菊乃親子の消息はまだわからないのですか……」
「さあ、そのことですがね。実は今日はそのことで、奥さんのお電話がなくても、こちら
へお伺いしようと思っていたところなんです」
「なにか手掛かりがあったんですね」
「あったといえばあったような、なかったといえばなかったような……これだけではなん
の役にも立たないのですが……」
古館弁護士はカバンのなかから書類を取り出すと、
「元来、青沼菊乃という婦人は、幼いときから孤児同然の身の上でしてね。身寄りという
ものがほとんどないのです。それで調査に骨がおれたわけですが、そうそう、それについ
て、ちょっと興味のある事実を発見しましたよ。菊乃という婦人は珠世さんの祖母にあた
る晴世さん、すなわち、佐兵衛翁にとっては終生恩人ともいうべき大弐さんの奥さんです
ね、その晴世さんのいとこの子になるんですよ」
一同は思わず顔を見合わせた。
「これで佐兵衛翁の寵愛が、あんなにもふかく、菊乃さんにそそがれた理由もわかります
ね。『犬神佐兵衛伝』を読んでもわかりますが、佐兵衛翁は晴世さんというひとを、慈母と
も姉とも慕っている。まるで神のごとくあがめ奉っているんです。菊乃という婦人はその
晴世さんの血縁のなかで、ただひとりの生きのこりだった。佐兵衛翁が彼女を寵愛し、彼
女の産んだ子に家督をゆずろうとしたのは、たぶん報恩的な意味をもっていたのでしょう
ね」
松子夫人、竹子、梅子の三人は、底意地の悪い顔を見合わせた。松子夫人のくちびるに
は、皮肉な微笑がうかんでいる。おそらく、そんなことをさせて、たまるもんかという意
味であろう。
「さて、それだけのことを申し上げておいて、それではその後の菊乃さんの消息について
お話ししましょう。菊乃さんはあの夜のお三方の脅迫が、よっぽど恐ろしかったとみえて、
静馬君――この名は佐兵衛翁がつけたらしいのですが――その静馬君を抱いて、伊那から
姿をくらますと、富山市にある遠い親戚を頼っていったのですね。彼女はもう二度と、佐
兵衛翁のもとへかえるまいと決心していたらしく、手紙も出さなかったようです。彼女は
そこでしばらく、静馬君といっしょに暮らしていたが、静馬君が三つの年に、これを親戚
にあずけておいて、自分はほかへかたづいたのですが、この縁づきさきというのがわから
ない。なにしろもう二十年以上も昔の話だし、それにその親戚というのが、富山市の空襲
の際に全滅しているんです。しかも、この親戚にはほかに身寄りというものがひとりもな
く、ここで菊乃さんの消息はプッツリと切れてしまっている。どうもみんな運の悪いひと
びとなんですね」
古館弁護士はため息をつくと、
「さて、静馬君ですがこれは以前近所に住んでいた人が覚えていました。静馬君はその親
戚の籍に入って、だから姓も青沼ではなく、津田というんです。津田家というのは非常に
貧乏でしたが、夫婦とも親切なひとだったらしく、それに子どもがなかったので、自分の
子どもとして引きとったのですね。それに菊乃さんは佐兵衛翁のもとを出奔するとき斧、
琴、菊のほかにかなり多額の金をもっていたらしく、その一部を静馬君の養育費としての
こしていったらしいんです。だから静馬君も中学までは出ています。そしてそれからどこ
かへ勤めていたらしいんですが、二十一の年に兵隊にとられた。それから、二度三度もと
られたり、かえされたりしていたそうですが、最後に昭和十九年の春か夏かにまた召集が
きて、金沢へ入隊しました。それきり消息がわからないのです。いまのところ、静馬君に
ついてわかっているところはそこまでで、あとはもう雲をつかむような話なんです」
「では……」

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