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犬神家族-第七章 噫無残!(9)
日期:2022-05-31 23:59  点击:238
翁が同時に三人の側室をもち、彼女たちを同じ屋根の下にすまわせるというような、い
まわしい生活を送ったのも、自分の愛情が、晴世以外の女にうつるのを警戒したからであ
ろう。
佐兵衛翁も、えらくなればなるほど、晴世との逢曳はむずかしくなってきたことであろ
う。したがって、衝動のはけぐちを求めるために、ほかに女が必要になってきたのであろ
う。その場合、ひとりの妾を持つとすれば、いつかその女に愛情がうつるかもしれぬ。翁
はそれをおそれたのだ。そこで、同時に三人の妾をもつことによって、彼女たちの醜い|
嫉《しっ》|妬《と》や|葛《かっ》|藤《とう》をまざまざと熟視し、それによって、
彼女たちを|軽《けい》|蔑《べつ》しつづけようと試みたのであろう。松子夫人の言に
よると、翁は三人の側室を、単なる性愛の道具としてたくわえておいたまでで、|微《み》|
塵《じん》も愛情をもっていなかったというが、翁はむしろ愛情をもつことをおそれ、警
戒したのだ。
佐兵衛翁が三人の娘に対して、愛情をもつことができなかったのも、同じ理由によるの
である。翁には祝子という娘があった。祝子こそは翁の長女であり、しかも翁が生涯にた
だひとり愛した女の生むところなのだ。翁はどのように祝子を愛したことだろう。それに
もかかわらず、翁は祝子をわが子と呼ぶことができなかった。犬神家がしだいに繁栄して
いくにもかかわらず、祝子はいつまでも貧しい那須神社の神官の子として残らねばならな
かった。そういう不公平に対するひそかなる憤りがこって、翁は終生、松、竹、梅の三人
姉妹に対してつめたい父とならざるをえなかったのだ。
そして、そういう恨みや、憤りや、憐憫がこりにこって、ついにあの遺言状となったの
であろう。生涯を日陰の花としておくった晴世、さらに、犬神佐兵衛の長女の生まれなが
ら、貧しい神官の妻としておわった祝子――かれら母子に対する不憫がこりにこったあげ
く、珠世にあのような破格の恩典を用意しておいたのだろう。
金田一耕助も惨澹たる翁の心中を察すると、そぞろに憐憫の情を禁じえなかったが、そ
れにしても、あの遺言状こそ、あいつづく大惨劇の原因となったことを思えば、もう少し、
他に手段のほどこしようがなかったものかと長大息をせざるをえないのである。
こうして日はいたずらに流れていき、佐智が殺されてからでも、はや二十日ちかい日が
たった。そして、まえにもいった十二月十三日の朝まだき、またもや世にも異常な殺人事
件が発見されたのである。
金田一耕助はその夜もおそくまで、思い迷い、考え惑うて眠れなかったので、思わず朝
寝坊をしてしまったが、すると、夜明けの七時ごろになって、枕元においた電話のベルが
けたたましく鳴り出したので、思わずハッと眼をさました。
受話器をとりあげると、すぐ外線につながれ、電話の向こうに出たのは、橘署長の声だ
った。
「金田一さんですか。金田一さんですね」
署長の声が電話の向こうでふるえているのは、かならずしも今朝の寒さからではないら
しい。
「金田一さん、すぐ来てください。とうとうやられましたよ。犬神家の三人目が……」
「えっ、やられたって、だれが……」
金田一耕助は思わず受話器を握りしめた。受話器は凍りつくように冷たかった。
「なんでもいいから、すぐ来てください。いやそのまえに、湖水に向いた窓から犬神家の
裏側をごらんなさい。そうすればなにごとが起こったかわかりますよ。とにかく、待って
ますからはやく来てください。畜生ッ、実に、……実に、いやな事件です」
金田一耕助は受話器をおくと|蝗《いなご》のように寝床からとび出し、湖水に向いた
雨戸を一枚ひらいた。氷の上を吹いてくる寒風が、寝間着姿の耕助の肌を、針のようにつ
きさした。
耕助は二、三度くさめをしながら、それでもカバンのなかから双眼鏡をとり出すと、大
急ぎで犬神家の裏手に向かって焦点をあわせた。そして、そのまま、寒さも忘れて、凍り
ついたように立ちすくんでしまったのである。
いつか佐武が殺された展望台の、ちょうど下あたりだった。汀に張りつめた氷のなかに、
世にも異様なものがつっ立っているのである。
それはひとであった。しかし、のちにわかったあの奇怪な判じ物の意味からいえば、と
ひといったほうが正確だったかもしれない。なぜならば、そのひとは胴から上を氷のなか
につっこみ、まっさかさまに突っ立っているのである。そして、ネルのパジャマのズボン
をはいた二本の足が、八の字を逆さにしたようにぱっと|虚《こ》|空《くう》にひらい
ているのだ。
それは歯ぎしりの出るような恐ろしい、それでいてなんともいえぬ|滑《こっ》|稽《け
い》なながめであった。
この恐ろしい逆立ちの死体を眼前において、あのボートハウスの犬走りといわず、展望
台の上といわず、犬神家のひとびとが凍りついたような顔をして突っ立っていた。
金田一耕助はそれらのひとびとの顔を、すばやく双眼鏡でなでまわしたが、そこにひと
りの男の顔が欠けているのを見ると、思わず息をのみ、眼をつむった。
欠けているのは仮面の佐清だった。
血染めのボタン
犬神家の最後の事件は、通信社の手によって、全国の新聞に報道され、その日の夕刊は、
いっせいにこの事件を大きくとりあげていた。
犬神佐兵衛翁の奇怪な遺言状に端を発する、あのあいつぐ大惨劇はもはや地方事件では
なくて、全国的に注視の的になっていたのだ。
だから、犬神家から三人目の犠牲者が出たという事実は(若林豊一郎からかぞえると、
実に四人目の犠牲者なのだが)もうそれだけで、センセーショナルな記事になるのに、さ
らに読者を驚倒させたのは、三人目の犠牲が、身をもってえがいていた、あの奇怪な判じ
物のなぞなのである。
その判じ物をといたのは、いうまでもなく金田一耕助だった。
「署長さん、い、い、いったい、あ、あ、あの死体はどうしたんです。ど、ど、どうして、
あんなところに逆さに突っ立っているんです」
それから間もなく、犬神家の展望台に駆けつけた金田一耕助は、興奮のために、ほとん
ど口をきくことすらできなかった。駆けつけてくるみちみち、かれの頭にひらめいた、あ
の奇怪な、ほとんど道化じみてさえいる滑稽な霊感のために、かれは気が狂わんばかりだ
ったのだ。
「金田一さん、そんなことをわしにきいたってはじまらんよ。わし自身が途方にくれてい
るんだ、犯人はなんだって、あんなところへ、佐清君を逆さに突っ立てていったものか……
畜生、ああ、いやだ、なんだか気味が悪くてゾッとするようだ」

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