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犬神家族-第七章 噫無残!(11)
日期:2022-05-31 23:59  点击:236
珠世はしかし、さすがにすぐその色をもみ消すと、低い静かな|声《こわ》|音《ね》
でいった。
「ええ、でも……念には念を入れよということがございますから。……それに、手型をと
るなんてこと、そんなにやっかいな仕事でもございませんでしょう」
橘署長も眉をひそめて、珠世の顔を見つめていたが、やがて楠田医師のほうにうなずく
と、
「楠田さん、それじゃ、あとで刑事をやりますから、解剖なさるまえに、ひとつ指紋をと
るようにはからってください」
楠田医師は無言のままうなずくと、階段をおりていった。珠世も署長と金田一耕助のほ
うへ目礼すると、いそぎ足にそのあとからおりていった。
金田一耕助と橘署長も、それから間もなく階段をおりていったが、そのときの耕助の足
どりは、まるで酔っぱらっているもののようであった。金田一耕助の頭には、いまや恐ろ
しい旋風が吹き荒れはじめたのだ。
ああ、珠世はなんだって、佐清の指紋にこだわるのだろう。その指紋はたしかに一度と
ったのだ。そして、疑問の余地なしということになったのではないか。しかし、……しか
し……いまの珠世の確信にみちた顔色。……彼女はいったい、どういう思いを胸のなかに
秘めているのであろうか。ひょっとすると、自分はなにか重大な見落としをしていたので
はあるまいか。
金田一耕助はふいにはたと立ちどまった。そのときさっとかれの頭にひらめいたのは佐
清の手型と、奉納手型が比較研究されたときのことである。
藤崎鑑識員が、ふたつの手型を同一のものであると発表した刹那、珠世は二度までなに
か発言しかけたではないか。ああ、彼女はなにかを知っているのだ。なにか自分の見落と
していることに気がついているのだ。だが、それはなにか。……
展望台の下で金田一耕助は署長とわかれた。橘署長は楠田医師のあとについて、ボート
ハウスのなかへ入っていったが、金田一耕助は物思いにしずんだ顔色で、ひとりとぼとぼ
と母屋のほうへやってきた。
母屋の一室には竹子夫婦と梅子夫婦があつまって、なにやらひそひそ話をしていたが、
ガラス戸の外をとおり過ぎる金田一耕助の姿を見ると、
「あっ、ちょっと」
と、声をかけて、縁側のガラス戸をひらいたのは竹子だった。
「金田一さま、あなたにちょっとお話が……」
「はあ」
金田一耕助が縁側のそばによっていくと、
「これ……いつか、あなたからのお話のありましたボタンが……」
柔らかい|塵《ちり》|紙《がみ》につつんだものを、竹子はそっと金田一耕助のまえ
にひらいてみせたが、そのとたん、耕助は大きく眼を見はった。
それはたしかに佐智のワ?シャツから、ひとつなくなっていたボタンではないか。
「奥さま、いったい、これはどこにあったのですか」
「それがわからないのですよ。小夜子が持っているのを今朝見つけたのですが、なにしろ
あの娘はご存じのとおりの状態でございましょう。いったい、どこで見つけたものか……」
「小夜子さん、まだ、いけませんか」
竹子は暗い顔をしてうなずいた。
「以前のように取りのぼせるというようなことはなくなりましたけど、まだ、いっこう、
とりとめがなくて……」
「金田一さま」
そのとき、座敷のなかから梅子が声をかけた。
「あの日……佐智の死体が見つかった日、小夜子さんもあなたがたといっしょに、豊畑村
の空き家へ出向いていきましたわね。ひょっとするとそのとき拾ったのではございますま
いか」
しかし、耕助は言下にそれを否定した。
「そんなことはありません。絶対にそんなことはありません。小夜子さんは佐智君の死体
を見るなり、卒倒してしまわれたのですから、そんなひまは絶対になかったはずです。こ
のことは、梅子奥さまの御主人もご存じのはずですが……」
梅子の主人の幸吉も暗い顔をしてうなずいた。
「そうすると、妙ですわね」
竹子はたゆとうような眼つきをして、
「小夜子はあの日、皆さまにここへつれてかえっていただいて以来、一步もこの家を出た
ことはないのですけれど、……いったい、どこでこれを拾ったものか」
「ちょっと拝見」
金田一耕助は竹子の手から紙包みをうけとると、しげしげとそのボタンをながめた。ま
えにもいったとおり、それは菊形をした黄金の台座に、ダ?ヤをちりばめたものだったが、
その台座にちょっぴり黒い汚点がついている。その汚点は、どうやら血ではないかと思わ
れた。
「梅子奥さま、このボタンはたしかに、佐智君のワ?シャツのボタンにちがいないでしょ
うね」
梅子は無言のままうなずいた。
「でも、ひょっとするとこういうボタンが、余分にあったのでは……」
「いいえ、そんなことはございません。そのボタンは五つそろっているきりで、絶対に余
分はないのでございます」
「そうすると、やっぱりあの日、佐智君のワ?シャツから、とれたボタンということにな
りますね。竹子奥さま、いかがでしょう。しばらくこのボタンをぼくにあずからせてくだ
さいませんか。署長さんに頼んで、ちょっと調べてもらいたいと思うことがありますから」
「どうぞ」
金田一耕助がていねいにそのボタンを、紙にくるんでいるところへ、橘署長がいそぎ足
でやってきた。
「あ、金田一さん、ここにいたのか」
署長はつかつかとそばへやってくると、
「こんどの事件はちょっと妙だよ。こんど殺人が起これば、当然、斧が使用されることと
ばかりわれわれは思っていたのだが、まんまと犯人に裏をかかれたよ。佐清君は佐智君と
同じように、細ひも様のもので絞殺されたのだ。犯人はそのあとで死体を展望台の上から、
逆さに投げおろしたらしいんだが……」
金田一耕助はその話を、いかにも興味のなさそうな顔できいていたが、やがて署長の言
葉のおわるのを待って、ものうげに首を左右にふった。
「いいえ、署長さん、それでいいんです。それでやっぱり斧になっているんですよ」
橘署長は眉をひそめて、
「しかし、金田一さん、どこにも斧の跡なんか……」
金田一耕助はふところから、手帳と万年筆をとり出すと、
「署長さん、あの死体は佐清君でしたね。その佐清君が逆立ちになっているのだから……」
と、手帳の一ページに金田一耕助は大きく、
「ヨキケス」
と、書くと、
「しかも、逆立ちをしたスケキヨの上半身は、水のなかに埋没していたのだから……」
と、ヨキケスの四字のなかから下の二字を万年筆で塗りつぶすと、あとに残ったのは、
すなわち、
「ヨキ」
の、二字である。
署長はびっくりして、いまにもとび出しそうなほど、大きく眼を見はった。
「金田一さん!」
署長は大きくあえいで、手を握ったり開いたりした。
「署長さん、そうですよ、子どもだましの判じ物なんですよ。しかし、犯人は、被害者の
肉体をもって、斧を暗示しようとしたのです」
そこで金田一耕助は、ひっつったような笑い声をあげた。それはほとんど、ヒステリッ
クにさえひびく、むなしい笑い声だった。
雪になろうという予想はあたって、鉛色の空からチラホラと、白いものが舞い落ちてく
る。
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