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犬神家族-第八章 運命の母子(4)
日期:2022-05-31 23:59  点击:231
「そうのようでした。なにしろこのとおり化け物のような顔になってしまって……」
なるほど現在の宮川香琴から、その昔の面影をさぐりだすのは不可能かもしれぬ。佐兵
衛翁の|寵《ちょう》を一身に集めているころの菊乃は、さぞ美しかったであろうのに、
現在の香琴師匠ときたら、片眼はとびだし、片眼はひっこんでつぶれている。おまけに額
には大きな傷、どう見ても、かつてはそのような美人であったろうとは思われぬ。それに
昔製糸工場の女工であった女が、東京から出稽古にくるような、有名な師匠になっていよ
うとは、さすがの松子夫人も思いおよばなかったであろう。三十年という歳月は、ひとさ
まざまの運命の|筬《おさ》を織るのである。
「あなたがこちらへ来られるようになったのが、一昨年だとすれば、まだ佐兵衛翁の生き
ていられたころですね。お会いになりましたか」
「いいえ、一度も。もうその時分から御先代さまは、寝たっきりでいらっしゃいましたか
ら。……それに、わたくしとしても、こんな顔になってしまっては。……せめてお姿なり
と、かい間見させていただきたかったのでございますけれど……」
菊乃はほっとためいきをついて、
「でも、こちらのほうへ出稽古にあがるようになりましたおかげで、御他界の節にはお葬
式の列にも加えていただき、また、御霊前にお|榊《さかき》もあげさせていただきまし
て……」
菊乃はそこでまたハンケチを眼におしあててむせび泣いた。
思えば佐兵衛翁と菊乃の縁もはかないものであった。たがいに相寄る魂を持ちながら、|
悍《かん》|馬《ば》のごとき三人の娘のためにひきさかれ、翁の臨終のさい、菊乃はそ
のちかくにおりながら、会うことも、名乗りあうこともできなかったのである。人知れず
涙に|袖《そで》をぬらしながら、翁の霊前に榊をささげる菊乃の心中を思いやると、金
田一耕助はなにかしら、あついものがのどにこみあげてくるようであった。
橘署長もギゴチなく空咳をしながら、
「ああ、いや、なるほど、よくわかりました。それではいよいよこんどの事件ですがね。
あなたははじめからこの事件が|斧《よき》、琴、菊に関係があるということをご存じでし
たか」
菊乃はかすかに身ぶるいをすると、
「いいえ、とんでもない。佐武さまのときには、なんの気もつかずにいたのでございます。
ところが二度目の佐智さまのとき――あのときわたくし松子奥さまの、お琴のお相手をし
ていたのですが、そこへ刑事さまがいらしって……」
「ああ、そうそう」
そのとき、突然、横合いから口を出したのは金田一耕助だった。
「吉井刑事が豊畑村の事件を、こちらへ報告にあがったとき、あなたは松子夫人のお相手
をして、琴をひいていらっしゃったのですね。そのときのことについて、ちょっとお尋ね
したいことがあるのですが……」
「はあ」
「これは吉井刑事からきいたことなんですがね、刑事さんがこんどの事件を、なにか斧、
琴、菊に関係がありはしないかと話したとき、松子夫人が思わず強く琴をひかれた。そし
て、その拍子にプッツリ糸が切れたそうですね」
「はあ」
菊乃はいぶかしそうに不自由な眼を見張って、
「しかし、そのことがなにか……」
「いえ、そのことはなんでもないんですが、お尋ねしたいというのは、実はそのあとのこ
とでして。……糸が切れた拍子にけがをしたのか、松子夫人の右の人差指のうちがわから、
たらたらと血がたれていた。そこで吉井刑事が、おや、けがをしましたねと尋ねたそうで
すね。覚えていらっしゃいますか」
「はあ、あの、よく覚えております」
「そのとき、松子夫人は、はあ、いま、琴糸が切れた拍子に……と、おっしゃったそうで
すが、問題はそのあとなのです。松子夫人の言葉をきくと、あなたが不思議そうに眉をひ
そめて、いま、琴糸が切れた拍子に……? と、そうおっしゃったそうですね。覚えてい
らっしゃいますか」
菊乃はちょっと首をかしげて、
「さあ、そんなことをいったかどうか、そこまではハッキリいたしませんが、あるいはい
ったかもしれません」
「ところがね。あなたのその言葉をきくと、一瞬松子夫人がなんともいえぬ険悪な形相を
したんだそうです。まるで殺気にもひとしい憎しみの色が、松子夫人の眼にほとばしった
というんですが、あなたはそのことに気がおつきではありませんでしたか」
「まあ!」
菊乃はいきをのんで、
「それは……気がつきませんでした。なにしろ、このとおり眼が不自由なものですから」
「いや、気がつかなくてよかったかもしれませんよ。なにしろものすごい形相だったそう
ですから、つまりその形相があまりものすごかったものだから、吉井刑事も不思議に思っ
て、あとあとまで印象に残っていたんですね。ところが問題というのは、松子夫人が、い
ま、琴糸が切れた拍子に……と、いったとき、あなたがなぜ不思議そうな顔をして、それ
をききかえしたのか、それからまた、あなたの疑問のことばをきいて、松子夫人がなぜそ
のようにものすごい形相をしたのか……と、いうところにあるんですがね。なにかお心当
たりがございますか」
菊乃は不自由な眼を見はって、しばらく身動きもせずに考えていたが、やがてかすかに
身ぶるいをすると、
「松子奥さまがどうしてそんなに、恐ろしい顔をなすったのか、わたくしにもわかりませ
ん。しかし、わたくしが奥さまにお言葉をかえしたことについては心当たりがございます。
そんなことをいったかどうか覚えておりませんけれど、不思議に思ったものですから、つ
い、言葉に出たのでございましょう」
「不思議に思ったというのは?」
「奥さまはいかにもあのとき琴糸が切れた拍子に、指にけがをなすったようにおっしゃい
ましたが、あれはうそなのでございます。なるほどあのとき、琴糸にうたれて、傷の薄皮
がとれて、また血が吹き出したのでございましょうけれど、奥さまがほんとに指に怪我を
されたのは、あのときではなかったのです」
「すると、いつ?」
「あのまえの晚のことでした。ご存じのとおりあのまえの晚も、わたくし奥さまのお琴の
お相手をしていたのでございますが……」
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