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犬神家族-第八章 運命の母子(5)
日期:2022-05-31 23:59  点击:232
「まえの晚……?」
橘署長ははっとしたように、金田一耕助の顔をふりかえった。耕助はしかし、格別驚い
たふうもなく、
「まえの晚というと、佐智が殺された晚のことですね」
「はあ」
「松子夫人はどうしてけがをしたのですか。菊乃さん、そのときのことについて、もう少
し詳しく話していただけませんか」
「はあ、あの……」
菊乃はなんとなく不安らしい面持ちで、ハンケチをもみくちゃにしながら、
「あのときもわたくし、不思議に思ったのでございます。松子奥さまのお相手をしており
ますうちに、奥さまが二、三度席をお立ちになったということは、奥さまもおっしゃった
そうですし、わたくしもお尋ねをうけたとき、申し上げておきました。はい、いつも五分
か十分のごく短い時間で……ところが何度目にお立ちになったときか、そこまではハッキ
リ覚えておりませんが、間もなく席へおかえりになって、奥さまはまた琴をお弾きになり
ましたが、そのときわたくし、おやと思ったのでございます。わたくしこのとおり眼が不
自由でございます。すっかり見えぬというわけではありませんが、細かいところまでは見
えません。しかし、耳というものがございます。口はばったいことをいうようですが、そ
こは長年の修業でございますから、琴の音色をききわけるぐらいのことはできます。わた
くしすぐに奥さまは指に怪我をしていらっしゃる。人差指にけがをしていらっしゃる。し
かもそれをかくそうとして、痛さをこらえて琴を弾いていらっしゃる、ということに気が
ついたのでございます」
話をきいているうちに、金田一耕助はしだいに興奮してきたらしい。はじめにごくゆっ
くりと、もじゃもじゃ頭をかきまわしていたのが、しだいに猛烈になってきたかと思うと、
しまいにはバリバリガリガリと、めったやたらに五本の指でかきまわしながら、
「そ、そ、そして松子夫人は、け、け、けがのことについて、な、な、な、なにもいわな
かったんですね」
「はい、ひとこともおっしゃいませんでした」
「そ、そ、そして、あなたのほうからは……」
「いいえ、なにも申しませんでした。向こうさまがかくしていらっしゃるのですから、触
れないほうがよかろうと思って、わざと気がつかぬふうをしていました」
「な、なるほど、なるほど」
金田一耕助はぐっと生つばをのみこむと、いくらか落ち着きを取りもどして、
「それでその翌日、松子夫人が、いかにもいまけがをしたばかりだ、というようなことを
いったとき、思わず、あなたが聞きなおしたのですね」
「はあ……」
「しかし、それについて松子夫人がおそろしい形相をしたというのは?……」
菊乃はいよいよ強くハンケチをもみくちゃにしながら、
「さあ、そこまではわかりません。でも、ひょっとすると、わたくしが指のおけがのこと
を、まえから知っていることに気がおつきになって、それがお気にさわったのではござい
ますまいか」
「なるほど、つまり松子夫人はまえの晚にけがをしたということを、だれにも知られたく
なかったのですね。いや、ありがとうございました」
金田一耕助のもじゃもじゃ頭をかきまわす運動は、そこではじめてピタリとやんだ。耕
助は橘署長のほうをふりかえって、
「署長さん、あなたからどうぞ。……なにか質問がございましたら」
橘署長はいぶかしそうな眼を大きく見はって、
「金田一さん、いまのことはどういう意味です。松子夫人がなにか佐智君殺しに関係があ
るというのかね。しかし、佐智君は豊畑村で殺されたんですぞ、それにもかかわらず松子
夫人はこの家にいて、十分以上は座をはずさなかったという。……」
「いや、いや、署長さん、そのことはあとでゆっくり研究しましょう。それよりもなにか
御質問がありましたら……」
署長はいくらか不平らしく、金田一耕助の横顔を見つめていたが、やがてあきらめたよ
うに菊乃のほうへ向きなおって、
「それでは菊乃さん、最後にもうひとつお尋ねがあるんですがね、あなたはこんどの事件
をどう思いますか。犯人はこちらの三人とあなたとのいきさつを知ってるやつにちがいな
いのですが、それをだれだと思います。もしあなたが犯人でないならば……」
菊乃はギクリと体をふるわせた。そして、はげしく呼吸をうちへ吸いながら、しばらく
署長の顔を見つめていたが、やがてしだいにうなだれると、
「そうでした。そう思われるのが恐ろしゅうございますから、今夜こうしてお伺いしたの
でございます。これ以上素姓をかくしていて、いざわかったらきっと疑いをうけるだろ
う。……そう思ったものですから、自分から名乗って出たのでございます。犯人はわたく
しではございません。それからまた、だれが犯人なのか、わたくしは少しも存じません」
菊乃はキッパリいいきった。
菊乃はそれからまだ二、三、たいして重要でもない質問をうけたが、そうこうしている
うちに、警察からどやどやとひとがやってきたので、彼女はひとまず弟子の待っている宿
へひきあげることになった。
警察からやってきたひとびとというのは、いうまでもなく解剖の報告書や、手型の鑑定
書を持ってきたのである。
「署長さん」
見覚えのある藤崎鑑識課員が、なぜか興奮におもてをほてらせながら、署長に声をかけ
るのを、
「あ、ちょっと」
金田一耕助はおしとめて、ベルをおして女中を呼んだ。女中が顔を出すと、
「珠世さんに、ちょっとこちらへ来てくださるようにって……」
間もなく珠世がやってきた。彼女はしずかに一同に黙礼すると、すみのほうの椅子に腰
をおろした。あいかわらず、彼女はスフ?ンクスのようになぞを秘めて美しい。
「さあ、では順々に伺いましょう。まず解剖の結果は?」
「はあ」
刑事のひとりが進み出て、
「簡単に要領だけを申し上げます。死因は絞殺、凶器は細ひもようのもの、死亡時刻は昨
夜の十時から十一時まで、ただし湖水へさかさに漬けられたのは、それより一時間くらい
のちのことだろうということです」
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