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犬神家族-第九章 恐ろしき偶然(6)
日期:2022-05-31 23:59  点击:237
「それにもかかわらずだれかがあとから、たくみに犯跡をくらましているのに気がついた
ときには、あなたもさぞ驚かれたでしょうね」
「むろん驚きました。でも、一方どうにでもなれという腹もあったんです。ただ、そうい
う小細工に、どうやらあの仮面の佐清が関係しているらしいのには弱りました。弱ると同
時に、なんとなく薄気味悪くもあったのです。わたしたちはひとことも、そのことに触れ
はしませんでしたが、どうしてあんなにうまくごまかされるのかと、それが不思議で、な
んとなくあの子が、世にも恐ろしい怪物のように思われたことさえあるのです」
金田一耕助は橘署長をふりかえって、
「署長さん、おわかりですか。この事件では真犯人はちっとも技巧をこらしてはいなかっ
たのです。それをふたりの共犯者、事後共犯者たちが、あとへ回っては技巧をこらしてい
たのです。そこに事件のおもしろさとむずかしさがあったのですね」
橘署長はうなずきながら、松子夫人のほうへひと膝乗り出し、
「それでは松子奥さま、最後に静馬君殺しについて承りましょう。あれこそ、あなたひと
りの手でおやりになったことでしょう」
松子夫人はうなずいた。
「いったい、どうしてあれをやっつける気になったんですか。結局正体がわかったのです
か」
松子夫人はまたうなずいた。
「そうです。わかったんです。だが、ここではどうしてそれがわかったか……そのことか
らお話しいたしましょう。佐武と佐智がいなくなると、もうこちらのものです。そこでわ
たしは口を酸っぱくして、珠世さんに結婚を申し込むようにあれを説いたのです。しかし、
あれはどうしても、うんといわないのです」
橘署長は|眉《まゆ》をひそめて、
「どうしてでしょう。さっきの佐清君の話では、静馬君は佐清君の身代わりになって、珠
世さんと結婚するつもりだと、ハッキリいったそうじゃありませんか」
「そ、そ、そうなんですよ、しょ、しょ、署長さん、そ、そ、その時分には静馬君、珠世
さんと結婚するつもりだったんです」
金田一耕助がバリバリ、ジャリジャリともじゃもじゃ頭をかきまわしながら、猛烈にど
もりはじめたのはそのときである。
「し、し、静馬君は、す、す、少なくとも十一月二十六日、す、す、佐智君の死体が発見
されるところまでは、そ、そ、そのつもりだったんです」
金田一耕助はそこでやっと気がつき、ぐっと生つばをのんで落ち着きを取りもどすと、
「ところが佐智君の死体が発見されたあとで、那須神社の大山神主が、すばらしい爆弾を
投げつけました。すなわちあの|唐《から》|櫃《びつ》の秘密です。それによって珠世
さんは、単なる恩人の孫ではなく、佐兵衛翁自身の真実の孫であることが判明したんです。
だから静馬君は珠世さんと結婚できなくなってしまった」
「どうして……」
橘署長はまだ|腑《ふ》におちかねる顔色である。金田一耕助はにこにこしながら、
「署長さん、まだおわかりになりませんか。静馬君は佐兵衛翁の子どもなんですよ。だか
ら珠世さんが翁の孫だとすると、叔父と|姪《めい》にあたるわけじゃありませんか」
「あっ!」
と、いうような叫びが、橘署長の口からほとばしった。
「なるほど、なるほど、そうだった、静馬はそれで進退に窮したわけですね」
署長は大きなハンケチで、しきりにゴシゴシ太い|猪《い》|首《くび》をこすってい
る。金田一耕助はほっと熱い吐息をついて、
「そうですよ。思えば大山神主の、あの恐ろしい暴露こそ、こんどの事件のクラ?マック
スだったんですね。静馬君はそれですっかりジレンマにおちいった。むろん、戸籍のうえ
では静馬君も、珠世さんもともに佐兵衛翁とは他人になっている。だから法律のうえでは
問題はなかったんですけれど、血統のことを考えると、静馬君もおいそれと、この結婚に
とびつくことはできなかったのでしょう。そこに静馬君のジレンマがあった。佐清君の話
によっても、静馬君は格別悪人というわけではなく、ただ、|復讐心《ふくしゅうしん》
に燃えていただけのことなのだから、そういう点にかけては、われわれと同様な潔癖性を
もっていたのでしょうね」
金田一耕助はもう一度、ふかいため息をつくと、松子夫人のほうをふりかえって、
「ところで松子奥さま、あなたが静馬君の正体を知ったのはいつのことでした」
「十二日の夜の十時半ごろのことでしたよ」
松子夫人はホロ苦くわらって、
「その晚も、結婚するしないで、あれと小ぜりあいをしていたのですが、そのうちしだい
にいいつのり、とうとうあれがたまらなくなったのか、結婚できないわけを打ち明けたの
です。いまから思えば、たとえそれを打ち明けても、わたしの秘密を知っている以上、な
にもできまいと思ったのでしょうが、ああ、そのときのわたしの驚きと怒り、まあ御想像
くださいませ。それこそわたしは眼がくらむようでした。それでもまだ、ふたことみこと、
疑問の節を問いただしていましたが、そのうちにわたしの形相の恐ろしさに気がついたの
か、さっと腰をうかして逃げようとします。それがカッとわたしを逆上させたのです。気
がつくとわたしの握りしめた帯締めのなかで、あいつはグッタリ息がたえておりました」
キャッと悲鳴をあげて、畳の上につっぷしたのは香琴である。
「恐ろしい、恐ろしい、あなたは鬼です。|外《げ》|道《どう》です。ようまあそんな
恐ろしい……」
香琴は肩をふるわせて泣きむせんだが、松子夫人は|睫《まつげ》ひとすじ動かさず、
「あいつを殺したことについては、わたしはしかし、これっぽっちも後悔しませんでした
よ。どうせ、おそかれ早かれこうなるんだ。三十年まえにやるべきことを、いまやっただ
けのことなんだと思いました。思えばあの子も不運な星のもとに生まれたものね。しかし、
その死体の始末には弱りましたよ。署長さま、金田一さま、世の中って皮肉なものですわ
ね。佐武や佐智を殺したときには、わたしは犯跡をくらまそうなどとは少しも思わなかっ
た。つかまるならつかまってもいいと思っていたんです。ところがそのときにはだれかし
らが、うまくゴマ化してくれました。ところがこんどの場合には、わたしは当分つかまり
たくなかった。どうしてもしばらく生きていたいと思ったのです。ところがそのときには
もうだれも、わたしの手助けをしてくれるものはいなかった……」
「ああ、ちょっと……」
と、金田一耕助がさえぎって、
「こんどの場合にかぎって、どうしてつかまりたくなかったんですか」
「いうまでもありません、佐清のことがあるからです。ああして手型が一致した以上、あ
のときの佐清はほんものにちがいありません。静馬もそれをいっていました。そのときわ
たしはあまり逆上していたものですからその後の佐清のなりゆきを、つい聞きもらしたが、
それがハッキリわかるまでは、わたしは死んでも死に切れなかったのです」
「それで死体にああいう曲芸をやらせたんですね」
「ええ、そう、あれを思いつくまでには一時間以上もかかりましたよ。わたしはそれほど
頭がよくはないのですからね。でも、ああいう判じ物をこさえることによって、あの死体
を佐清だと思いこませることができる。そしてあれが佐清だと信じられているかぎり、佐
清の母であるわたしは安全だと考えたのです」
静馬のえがこうとした、|斧《よき》、琴、菊の|呪《のろ》いはこうしてみごとに完成
されたのである。最後は静馬自身の肉体をもって。……
「そう考えがまとまると、わたしはすぐにボートハウスへあいつの死体をかついでいき、
ボートに乗せて水門から出たのです。そしてなるべく水の浅いところを|選《よ》って、
泥のなかへあいつの体をさかさにつっこんだのです。いっておきますが、そのときはまだ、
それほど氷は厚くなかったのですが、夜が更けるとともにあのとおり厚氷になって、なん
ともいえぬ変てこなことになってしまったのです」
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