「おかしいとおっしゃいますと……」
「だってさ、この花嫁さんですよ」
「花嫁さんがどうかしたんですか」
「いえさ、この花嫁さんてえのがその日の夕方、うちの写真館へ使いにきた女の子じゃあ
りませんか」
四
金田一耕助はハッとしたように写真の花嫁に眼を落とした。それからなにかいおうとし
たが、すぐ思いなおしたように、
「すると、花嫁さん自身が自分の結婚記念の写真を頼みにきたというわけですか」
「そうですよ。姉がはにかむもんだからなんていってましたが、それが自分のこってすか
ら、こっちはおかしくってしょうがねえじゃありませんか。それがいやに取りすましてさ
あ、おまえなんざツラを見るのもはじめてだって顔してんでしょう」
金田一耕助はまたしげしげと、写真の花嫁の顔に眼をやりながら、
「だけど、それ間違いないんでしょうな。頼みにきた女の子とこの花嫁さんがおなじ人間
だということは……」
「わたしゃそれほどモーロクしてませんや。それゃ女は化けもんだっていいますし、化粧
とは化《ば》け粧《よそお》うと書く。だから多少印象はちがってましたが、この女
にちがいありませんや、うちの写真館へ使いにきたなあ。しかし、金田一先生」
と、さっきから眼《ま》じろぎもしないで、金田一耕助の顔色をうかがっていた直吉
は、急に疑いぶかい眼つきになって、
「先生はひょっとするとこの女をご存じなんじゃ……」
「まさかね。しかし、あなたこの花嫁さんと口をききましたか」
「いや、口をきこうとしたんです。しかし、いわせねえんだな、このおヒゲの兄《あ》
ンちゃんが。それにこの眼つき……はじめは恥ずかしがって取りすましてると思ってたん
だが、これ、少しおかしいでしょ。なんかこう遠くのほうを見てるような、まるで夢でも
見てるような……」
「終始こういう眼つきだったんですか」
「ええ、はじめっからしまいまで。こっちは薄気味悪くなっちまいましたよ。金田一先生、
先生はこれどうお思いになります」
「さあ、写真だけじゃよくわかりませんが、あなたのご意見はどうです。この花嫁さん、
生きてたことは生きてたんでしょうね」
「気味の悪いことおっしゃる」
直吉は執《しつ》拗《よう》に金田一耕助の眼を追いながら、
「生きてたことは生きてたんです。呼吸はしてましたからね。だからわたしゃふっと思っ
たんです。この女ヤクでも服《の》まされてるか、打たれてるんじゃねえかって」
「ヤクとおっしゃるのは麻薬のことですか」
「ええ、まあ、そうです」
「あなた麻薬のことについて、そうとう知識がおありのようですね」
直吉は急にふてぶてしく小《こ》肥《ぶと》りの肩をゆすって、
「いえね、金田一先生、あなたなりサツなりがわたしを眼の敵《かたき》にして洗いあ
げれゃ、すぐわかるこってすから、ここで泥《どろ》を吐いときますが、復員後しばら
くわたしゃ堅気のショウバがいやになりましてね、復員者仲間とグルになって、いろい
ろヤミもやりましたよ。しかし、麻薬だけは手を出さなかったんです。あいつはあとの
祟《たた》りがおっかねえし、そこまで深入りしたくなかったんです。だからいまあなた
のおっしゃった、麻薬に関する知識なんてもなあおソマツなもんです。ただそのときひょ
いと頭にうかんだのは、ああいうジャズの連中やなんかにゃ、ヤクをやってるのがそうと
ういるってこってすからね」
「ああ、なるほど」
金田一耕助は諒解《りょうかい》したのかしないのか、皓《しろ》い歯を出してニ
ッコリ笑うと、
「ときにこのおヒゲの兄いさんは、花嫁さんをなんと呼んでたんです。名前が出やあしま
せんでしたか」
「いや、それなんですが、わたしも気いつけてたんですが、とうとう名前は出ませんでし
たね。おいとかおまえとかいう以外には」
「で、それから……」
「撮影がおわると花婿さん、かるがると花嫁さんを抱きあげて、さあ、これで目出度く式
もおわった。記念撮影もすんだから、これから奥へいってうんとこさ可愛がってあげると、
ヒゲだらけの満面笑みくずれて、すこぶるご機嫌なんです」
「で、花嫁さんのほうは……」
「それがおかしいんです。そろそろヤクが切れて、意識がいくらか戻ってきたらしいんで
すが、べつに逃げようともしねえんですね」
「それであなたはそのまま帰られたんですか」
「はあ、だってマゴマゴしてるとおヒゲの兄《あ》ンちゃんが、なにをキョトキョトし
てやあがんだ。変な好奇心を起こしやあがってこの座敷をのぞきこもうとでもしてみろ、
袋叩きにされちまうぜ。そういいながら足でドゕを開いたんですが、外は隘《せま》い
廊下になっており、廊下のむこうは日本座敷になってるらしいんです。その日本座敷の
襖《ふすま》が半分ひらいていて、電気スタンドに灯がついており、友禅かなんかの真っ
紅な夜具が……おヒゲの兄ンちゃんは花嫁さんを抱いたまま、廊下へ出ると外から足で蹴
ったのでしょう、バタンとドゕがしまって、それからむこうの襖のしまる音がきこえまし
た。それからあとは男が女をあやすような声と、鼻にかかった女の甘い声……わたしゃ薄
気味悪いやら気色が悪いやら、ほうほうのていで、カメラ担《かつ》いで逃げ出しまし
たよ」
直吉の眼はまた執《しつ》拗《よう》に金田一耕助の顔色を読もうとしている。金
田一耕助もその視線を弾《はじ》きかえしながら、
「つまりあなたがそのとき受けた印象はこうなんですね。その結婚は合法的じゃなかった。
少なくとも女性の同意のうえの結婚じゃなく、麻薬かなんかで女性の意識を混濁させてお
いて、それを犯したか、弄《もてあそ》んだ……と、こうなんじゃないですか」
「そんなふうにしか考えられないんですね。その場の雰《ふん》囲《い》気《き》
が……しかし、それならなぜわたしを呼んでそんな写真を撮らせたんです。写真というも
のは後日の証拠として残るもんでしょう」
「ときに、あなたはのちにその家を探検にいかれたんでしょうねえ」
「いえ、そのまえにもう少し話があるんです、おヒゲの兄ンちゃん、どうやらビンちゃん
てえ名前らしいんですね、それから花嫁がコちゃん」