毒 茶
私はこの家に来てから一週間になるが、いままでついぞ、ふたりの大伯母たちと、差し向かいになったことはなかった。私が大伯母たちと対面するときには、いつも姉の春代か、またはほかの人物が介在していた。
それがだしぬけに、しかも、あのような恐ろしいことがあったこの夜更けに、姉を除外して、私にだけ会いたいというのだから、何かしら不安な想いに、あやしく胸のうちが乱れた。
しかし、べつにいなむべき筋合いのことでもないので、私はお島について立ちあがった。姉の春代が、不安そうな眼をして、私のうしろすがたを見送っていた。……
双生児の小梅様と小竹様は、母屋のなかでもいちばん奥まった部屋、つまり、離れをつなぐ十五間の長廊下のつけぎわの、八畳と六畳のふた間を居室としていて、ふたりはいつも、その八畳に、仲よく枕をならべて寝るのであった。
お島の案内で、私がその部屋へ入っていくと、小梅様と小竹様は、まだ寝もやらず、静かに茶をすすっていた。相変わらず私にはどちらが小梅様で、どちらが小竹様だかわからなかった。ふたりは私の顔をみると、巾着きんちゃくのような口をほころばせて、
「おお、辰弥か、御苦労じゃったな。さあさ、こっちへ来てお座り」
「お島や、おまえはもう用はないで、あっちへ行ってお休み」
小梅様と小竹様が、かわるがわるそういった。私はふたごのひとりの指さしたところへきて座り、お島はだまって頭をさげて出ていった。
「伯母さま。私に何か御用ですか」
私がこの奇妙な、猿さるのような感じのする双生児を見くらべながら口を切ると、
「ほ、ほ、ほ、辰弥や、何もそう改まることはないぞな。ここはおまえの家じゃけん。もう少しくつろいでな。なあ、そうじゃあるまいか、小竹さん」
「ほんに小梅さんのいうとおりぞな。なにもそうビクビクすることはないけんな。久弥が死んでしもうたで、おまえがこの家の主人も同じじゃ。もっと大きな気になってもらわぬと困るぞな」
人間もこの年ごろになると、すべての感情が揮発しつくして、情操腺が、軽油か海綿みたいになってしまうのかしらん。小梅様も小竹様も、ケロリとして、今日の惨劇など、あったのか、なかったのか、わからぬような顔色である。私にはそれが、かえって気味悪かった。足の裏が、ムズムズする感じであった。
「それで、御用とおっしゃるのは……?」
私が重ねて尋ねると、
「おお、そうそう、なに、別に用というわけではないが、おまえも疲れたであろうから、お茶を一服、あげようと思うてな」
「ほんに、いやなことがたび重なるで、おまえもさぞ、しんがくたびれるじゃろ。さ、さ、珍しいお茶があるで一服進ぜよ。小梅さん、あんたたてておやり」
「あいあい」
小梅様がふくささばきもあざやかに濃茶を一服、たててくれた。私はふたりの老婆の真実をはかりかねて、しばらく呆あっ気けにとられて顔を見くらべていたが、
「どうしたのじゃえ。小梅さんのせっかくのお点て前まえじゃ。ありがたくちょうだいせんかや」
と、小竹様にうながされると、いなむ理由もないままに、茶碗をとりあげひと口すすった。が、すぐドキッとして、老婆のほうを見直した。
何かしら、舌をさすようなあやしい味……しかも、私が見直したとき、小梅様と小竹様のあいだにかわされた、ただならぬ眼くばせ。……私はゾーッと背筋をつらぬいて走る戦慄を感じた。全身の毛孔という毛孔からつめたい汗がふき出した。
毒殺魔……? おお、猿のようなこのふたりの老婆が、毒殺魔なのか。……
「どうおしだえ。辰弥、なぜ、そんな妙な顔をする。さあ、ひと口におあがり」
「はあ……」
「ほ、ほ、ほ、妙な子えなあ。なにをそんなにキョトキョトしている。毒は入っておらんぞな。さ、ぐっとひと息におあがり」
ああ毒殺魔とはこんなに無邪気なものなのか、ふたりの老婆は巾着のような口をつぼめて、いかにも楽しげに、しかしまた、どっか気づかわしげに、茶碗をもった私の両手を見つめている。