「おお、おお、小梅様は……小梅様は」
「はあ、その小梅伯母さまは……?」
「だれかがさろうていきおった。おお、辰弥や、辰弥や、仏が生きてかえったのじゃ。ああ、恐ろしい、仏が生きて動き出したのじゃ。これ、辰弥や、辰弥や、早う行いて、小梅さんを助けておくれ。さもないときには小梅さんは孔の奥へひきずりこまれて殺されてしまうかもしれん。これ、辰弥、早う行ておくれ。早う行て、小梅さんを助けておくれ」
私はドキッとして小竹様の顔を見直した。それから子どものように泣き叫ぶ、小竹様の肩に手をかけてはげしくゆすぶった。
「伯母さん、伯母さん、小竹伯母さま。いったいどうしたというのです。それだけでは、お話の意味がよくわかりません。もっと落ち着いて話してください」
だが小竹様は落ち着くどころか、いよいよとりのぼせて、手のつけようがなくなった。こういう老婆が興奮すると、頑がん是ぜない、五つ六つの子どものようになるものだ。小竹様は手ばなしでおんおん泣き出し、泣き出すかと思うと、何やら早口にしゃべりまくる。私はその意味を捕ほ捉そくするのに苦しんだが、それでもだんだん聞いているうちに、だいたいの意味だけはのみこめた。
双生児の小梅様と小竹様は、地下道をとおって、「猿の腰掛」まで出向いていった。そして案じられた屍蝋の安否を見とどけにかかったが、そこへ何か妙なことが起こったらしい。小竹様の言葉によると、龕の上のあの鎧よろい武者が、だしぬけにむくむく動き出し、それがふたりに向かって躍りかかったというのである。
むろん、あの屍蝋がいまになって、生気を取りもどすはずはないから、それは小竹様の錯覚であったにちがいない。しかし、そこに何者かが、ひそんでいたらしいことはたしからしい。ひょっとすると、だれかが「猿の腰掛」のほとりをさまようているところへ、小梅様と小竹様の二人が、行きあわせたのではあるまいか。そこで相手はとっさの場合、龕の上に駆けのぼって、鎧武者のうしろへ身をかくしたのではないか。そして、そのものの身動きをするところが、仄ほの暗い手燭のなかで、あたかも鎧武者が動くように見えたのではないか。
そこまでは格別不思議な話でもない。現に私もあの地下道へ、しばしば出没する人物のあることを知っている。しかし、その人物が小梅様と小竹様に、躍りかかったということになると話は別だ。ましてやそいつが小梅様を拉らつし去ったとすると捨ててはおけぬ。
私は手早く身支度をしながら、
「伯母さま、伯母さま、それはほんとのことですか。ほんとにだれかが小梅様を孔の奥へひきずりこんでいったのですか」
「ほんとうじゃよ、だれがうそをいうもんかいな。小梅さんの助けを呼ぶ悲しそうな声が、まだわしの耳に残っているよ。辰弥や、後生だから早く行って、小梅様を助けておくれ」
「伯母さま、伯母さま、そして相手はいったいどんな様子をしていました」
「そんなことがわかるもんかいな。仏様がとびかかってきた拍子に、手燭はたたき落とされて、あたりは真っ暗になってしもうたのじゃもの」
小竹様はそこでまた、子どものように声をあげて、おんおん手放しで泣き出したが、そこへ騒ぎをきいて母屋のほうから姉の春代が駆けつけてきた。春代はその場の様子を見ると、蒼あお白く顔をひきつらせて、
「まあ、伯母さま、辰弥さん、これはいったいどうしたことです。何事が起こったのでございます」
「おお、春代や、春代や」
小竹様は春代の顔を見ると、また、新しくせぐりあげて泣き出した。
私は姉に手短かに、ことのいきさつを話してきかせると、
「そういうわけですから、姉さん、ぼく、ちょっと『猿の腰掛』まで行ってみます。提灯があったら貸してください」
「辰弥さん、わたしもいっしょに……」
「いいえ、姉さん、あなたはここに残っていてください。あなたはまだほんとうの体じゃないのだから、無理をしてはいけません」
「でも……」
「いいえ、いけません。あなたが行ってしまったら、小竹様はどうするのです。小竹様の介抱をお願いしますよ。姉さん、提灯を早く……」
姉はやむなく母屋へとってかえすと、提灯に灯を入れて持ってきた。
「辰弥さん、大丈夫?」
「大丈夫です。できるだけ早く帰ってきます」
「気をつけて行ってくださいね」
なんとなく本意なさそうな姉の春代と、小竹様をあとに残して、私は提灯片手に例によって、あの長持のなかから、地下道のなかへもぐりこんだ。
この地下道も、だんだんなじみがふかくなって、私はもう迷うようなこともなく、例の岩の戸をくぐりぬけると、ふたまたみちを左へとって、「猿の腰掛」のほうへ進んでいった。
ところが、もう間もなく、「猿の腰掛」へ着くころのことだった。私はドキッと立ち止まると、あわてて提灯の灯を、うしろ手にかくしたのである。「猿の腰掛」のあたりからほのかな光が流れてくることに気がついたのだ。
だれかいる! 私の額からはねっとりと汗が吹き出し、心臓が胸郭をやぶって、いまにも躍り出しそうなほどにがんがん鳴り出した。口の中がからからに渇いて、舌が上あごにくっつく気持ちであった。