電気の光が向こうにあるので、屏風の中の下した貼ばりが、まるで幻燈のように裏へすけて見えるのだが、そこには一面に手紙のようなものが貼りつけてあるのだった。そしてある部分では手紙の文字が、手にとるように読めるのだ。
私は妙な好奇心にそそられて、それらの手紙を拾い読みしていたが、そうしているうちに、それらの手紙が若い男女のあいだに取りかわされた恋文らしいことに気がついた。そうなると、私はいよいよ好奇心にそそられて、あて名と差出人の名前をさがしてみたが、そのうち突然、足下をさらわれたような大きな驚きにうたれたのである。
陽一様まいる つるより
それからまた
鶴子どの 陽一拝
と、いうのもあった。ああ、なんということだ。それは私の母が恋人の、亀井陽一と取り交わした、古い昔の恋文ではないか。
おお、かわいそうな母よ。想う男に添えずして、思いもよらず、鬼のような男のとりことなった哀れな母は、かつての日、恋しい男と取りかわした文殻を、屏風の中に貼りこめて、せめてもの慰めにしていたのであろう。そして父のいない夜など、いま私がしているような、屏風の向こうに電気をつけ、裏にすけて見えるその文字を、涙ながら読んでいたのではあるまいか。
私は屏風の裏にべったり座り、ともすれば涙にかすむ眼をこすりつつ、なつかしい母の筆の跡をたどったが、そのうちに、それらの手紙がかならずしも、ここへ来る以前に取り交わしたものばかりではなく、鬼のような父の生いけ贄にえとなってのちに、やりとりしたものもまじっていることに気がついた。そして、それらの手紙はとりわけ哀切を極めているのであった。
──いかなるすくせのいたずらにや、鬼のようなる男のために、かくまでも身をけがし果て候そうらいし、つるが身の不仕合わせ。
と、母はおのれの不運をなげき、
──さるにつけても思い出され候は、竜のあぎとのほとりにて、はじめてあつきおん情を賜わりしころのこと。
と、昔をしのんでいるのだが、してみると世間のうわさどおり、父の暴力に屈する以前、母はすでに亀井青年とふかい契りを結んでいたとみえる。
──ひとも怖おそるる烏う羽ば玉たまの、岩のしとねもつるが身には極楽浄土ごくらくじょうど。
であったとそのころの歓喜を謳うたい、
──しかし、果報つたなきこの身には、そも一瞬の幸福にて候いし。
と、自分の不幸をなげき、あの凶暴な一日を境として、「わが身の生きているが不思議なくらい」と、思いがけない運命の逆転に瞠若どうじゃくたるさまが眼に見えるようである。
その夜、私は眠れなかった。