二、三
日、
顔をあわさなかった
武夫は、
学校からかえると、あそびにきました。
「きょう、
先生が
正吉くんは、どうして
休んでいるのだと
聞いたから、ぼくの三
輪車と
競走して、
足をいためたといったら、なんでそんなばかのまねをするのかといったよ。だから、ぼくは
正ちゃんは、マラソン
選手になるので、三
輪車なんかに
負けられないのだと
話したら、
先生は、
人間の
足と
機械と、いっしょになるかと
笑った。」と、
学校の
話を
告げました。
「ぼく、つまらんことをした。」と、
正吉は、
後悔しました。
「もっと、
自分をたいせつにしなければ、いい
選手なんかになれないと、
先生もいっていたよ。」と、
武夫はありのままをつげました。
「お
医者さんに
注射してもらったけれど、いたみがとれなければ、
入院して
手術するんだって、こまってしまったよ。」と、
正吉が
力なくいうと、
「とんだめにあったね。そうそう、
文房具屋へグローブを
買いにいくと、
店のガラスが、めちゃめちゃにこわれているので、おどろいた。
聞くと、トラックがとびこんで、だいじな
品物をこわしたと、
店のおばさんがいっていたよ。」と、
武夫は、
意外なことを
知らせました。
正吉は、ゆめにさえ
見た、あの
青い
飛行機や、
赤いおどり
子の
人形は、どうなったろうと
聞くと、
武ちゃんは、
見えなかったから、こわれたのかもしれないというのでした。
「それで、きみのほしいと
思ったグローブはあったの。」と、
正吉は
聞きました。
「とりこんでいるときだから、まけておくといって、
安くしてくれたよ。」と、
武夫はよろこびました。
「どうして、トラックが、
店へとびこんだのだろうね。」
「
運転手が、お
酒に
酔っていたって、おばさんがいった。」と、
武夫はいいながら、このとき、
先生が
正吉にいった
言葉を
思い
出したのか、
「やはり、
酔ったりしては、
運転手になれないんだね。」と、つけくわえました。
正吉は
下を
向いて、だまっていました。
足のいたみは、そのあくる
日になっても、とれませんでした。
母親は、
子供のようすから、すぐにでも
手術を
決心したらしく、
家の
中をかたづけはじめたのです。
そのとき、ちょうど
門口へ
乳飲み
子をおぶった
女こじきが
立って、
無心をねがったのでした。
正吉の
母は
女こじきを
見て、
子もちだと
知ると、
気ぜわしい
中を、ふところからさいふをだして、
金を
手渡してやりました。
女こじきは、
心からありがたく
思ったらしく、いくたびも
頭をさげていましたが、そばで、
痛い
痛いと
泣き
声でうったえている
正吉の
姿を
見ると、おじおじしながら、
「どうなされたので、ございますか。」と、
聞いたのでした。
母親は、こういってやさしく
聞かれたので、さすがに
当惑しているときであり、
気も
弱くなっていたので、こちらも、ありのままのことを――
子供が
走って、あそんでいるうち、
足の
指をいためて、
注射をしてもらったけれど、ききめがなく、これから、いやがるのをつれて、
手術をうけに
医者のところへ
出かけるのだ――と、ほんとうのことを
話したのでした。
女こじきは、そのことを
人事と
思わず、
耳をかたむけて、
聞いていましたが、
「それなら、いい
薬があります。このへんにもある
草です。
私のいうことを
信じて、ためしてごらんなさい。
私ども
金のないものは、
神さまの
教えてくだされたもので、どんな
病もなおします。その
草は、
秋になると、
黄色な
花の
咲く
厚い
葉です。その
葉を
火にあぶり、やわらかにして、
傷口にはります。
痛みはじきとれて、四、五
日もすると、うみが
出てなおります。」と、ていねいに
教えました。
母親と
正吉は、これを
聞いて、
一すじの
光が、
急に、やみの
中へさしこんできたような
感じがしました。
「その
草というのは。」と、
母親は、すぐにも
知りたかったのです。
「ちょっと、さがしてきます。」と、
女こじきは、
門から
出ていきました。
親子は、そのうしろ
姿を、とうとく
思って、おがまんばかりに
見おくったのです。そして、いくたびも、
母親は
外まで
出て、
女こじきがもどるのをまっていました。
あまりおそいので、その
葉が
見つからぬので、そのままどこへか
立ちさりはしなかったかと
思い、うたがい、なやんだりしたが、そのうち
女こじきは、
手に
青い
葉をにぎって、
母親の
前へあらわれました。
「まあ、ありましたかね。」と、とびつくようにして、
母親はむかえたのです。
女こじきがつくってくれた
薬をつけると、ふしぎに
痛みがうすらいで、その
晩、
親子は、はじめて、
気もちよくねむりました。
正吉は
夢の
中で、あのおじおじしたようすで、いたわりながら、
薬をつけてくれた
女こじきを
思い
出して、いつまでも、その
姿が、
目からきえずにのこっていました。
それから、二、三
日もすると、
足のはれがひいて、きず
口に、
白いうみをもちました。
母はこれを
見て、おどろき、
「
正吉や、もうだいじょうぶだよ。
草の
名を、よく
聞いておくのだったね。あの
女こじきに、お
礼をいわなければなりません。いつもは、
見なかった
女ですのに、あの
日どうしてきましたか。こんどきたら、おまえの
小さいときの
着物がありますから、
赤んぼにやりたいと
思います。
気をつけていて、
見たら
家へつれてきておくれ。」と、いつになく
母は、きげんがよかったのです。
正吉は
足がよくなったのを、わがことより、よろこんでくれる
母を
見て、
真にその
恩を、わすれてはならぬと
思いました。
いよいよ
明日から、ふだんどおり、
武夫くんと
学校へいけるようになった、その
前の
日のことでした。
「
正吉や、なにかおまえに、ほしいものがあるなら、おいい。」と、
母は、つくえの
前にすわっている
正吉に、たずねました。
これを
聞くと、たちまち、
小さな
胸へ、よろこびが
泉のように、こみあげました。
「
青い
飛行機と、
赤い
人形と、どちらにしようかな。」と、
耳のあたりまで
赤くしながら、
正吉は
答えたのです。
「それは、なければならぬ
品ですか。」と、
母は
聞きました。
「おかあさん、それより、
早くおじさんに、お
金をかえしたほうがいいよ。」と、
正吉はいいました。
「ああ、その
金は、きっと、
私がそのうち、もっていきますよ。これは、おまえがつかわずにすんだので、あげますから、すきなものを、お
買いなさい。」と、
母はひきだしから、いくらかの
金をとって、
正吉にあたえたのでした。
いま、
青い、
飛行機でも、
赤いおどり
子の
人形でも、
正吉のすきなものを、
買うことができるのでした。しかし、もう、それを
買う
気が、なくなってしまいました。
「どんな
色でも、そろっている
上等のクレヨンを、
買おう。」と、
正吉はすぐに、
心をきめたのでした。
晩になると、
原っぱへいって、
草の
上に、こしをおろしました。そこここに、いつものように、
赤い
花がさき、
青い
空は、はてなくひろがって、
地平線につづき、
夏を
思わせる
金色の
雲が、
西の
方からわき
出て、
音なく、
頭の
上を、うごいていくのでした。
その
雲には、おかあさんがすわって、
仕事をしていました。また、ほかの一つの
雲には、
乳飲み
子をおぶった
女こじきが、のっていました。二つの
雲は、たがいに
近づき、また、あるときは、かさなり
合うようになったが、そのうち、はなればなれとなって、いつしか、
青い
空へ、すいこまれるように、きえてしまいました。