しかし、
自分で、いったん
思いたったことは、やめるような
地主でありませんでした。
地主は、
金のあるにまかせて、
「いい
日当を
出すから、いってもらいたい。」といいました。
植木屋は、
日当がもらえるし、ゆけば、またなにか
珍しい
高山植物を
採ってこようと
思いましたので、ついにゆくことにしました。
百
姓は、一
年じゅう、
休む
日というものは、まれにしかありません。つねに、
圃や、
田に
出て
働いています。つぎからつぎに、
仕事が
絶え
間なくあるからであります。
大根を、
地主のところへ
持ってまいりました、
同じ百
姓は、ある
朝、
地主が、
山へゆくのに
出あいました。
「おはようございます。どちらへお
出かけでございますか。」と、百
姓は、ていねいにあいさつをしてたずねました。
「これから、
山へいってくる。いいことがあるのだ。うまくいったら、たいへんな
土産を
持ってくるぞ。」と、
地主は、あちらの
山の
方を
望みながらいいました。
百
姓は、
地主がいいことがあるといったのは、なんだろう? きっとなにか
大もうけの
口があったにちがいない。
自分たちは、一
年じゅう、こうして、
朝から、
晩まで
働いていても、
金のたまるわけではなし、おもしろいことを
見るでもない。ほんとうにつまらないものだと
思いましたが、百
姓は、また、
人間というものは、
正直に
働かなければならないものだと
考え
直しました。そして、
熱心に、
自分のする
仕事にとりかかりました。
「
天気は、どうだろうかな。」と、
地主は、
歩きながら、
植木屋にたずねました。
「だんなさま、このとおり
雲ひとつない
上天気でございます。このぶんですと
天気がつづくだろうと
思います。」と、
如才ない
植木屋は、
答えました。
そのあくる
日は、いよいよその
山の
中にはいるのです。
力の
強い
案内人を
二人も
頼みまして、
山奥へと
道を
分けて、はいってゆきました。
歩きつけない、
嶮しい
道を
登りますときも、
地主は
目にダイヤモンドの
光を
見つめていました。それがために、
苦しさをも
忘れました。
変わりがちな
秋の
空は、たちまち
雨になりました。ことに、
山の
中は、もう
寒かったのであります。こんなときも、
地主は、ダイヤモンドの
光を
目に
描いて、
苦痛を
忘れたのであります。
やっと、
植木屋が、あちらの
岩角に、
光るものを
見たという
場所までたどりつきました。ちょうど
空はよく
晴れて
日の
光が、あたりにあふれていました。それは
真夏の
時分と
違って、
幾分か
弱く、また
暑さもひどく
感じなかったけれど、
深い
谷河を
隔ててあちらの
岩をも
日光は
照らしていたのであります。
植木屋は、もしや、あの
光るものが、いつのまにかなくなりはしないかと、
心配でなりませんので、さっそくその
方を
見ますと、ちかちかとまぶしく
光るものがあったのです。
「なるほど、あれはなんだろう?」
「
不思議だ。」
「なんだろう。」
みんなは、その
方を
見て、
頭を
傾けていました。
地主は、これを
見ると、
高い
銭を
使って、ここまでやってきたかいのあったことを
喜びました。それにしても、あすこへは、どうしていったらいいだろう?
いままで、
黙っていました、
案内者の
一人は、はじめて
口を
開いて、
「なにけい、
光っているあれけい、ありゃ、
岩の
裂けめから
水がわいているのだ。」と、ゆったりとした
調子でいいました。
「え、
水?」
「
水か。」
「
水だろうか?」
みんなは、あの
光るものは、ほかのなんでもない、
水であったとわかって、あっけにとられてしまいました。
中にも、
地主と
植木屋は、
光るものがガラスか、ダイヤモンドか、二つよりしか
考えつかなかったのでありました。
「そういえば、
水にちがいない。」と、みんなははじめて
思いました。
岩鼻から
水がわくことは、きわめてしぜんなことであったからであります。
地主は、
帰りには、
不平のいいつづけでした。
植木屋に
向かって、
「おまえは、
商売がらでありながら、
岩角から、
水のわき
出ているのがわからないとはどういうことだ。」といいました。さすがに、
如才のない
植木屋も、ちょっとした
話がこんなことになるとは
思いませんでした。こういわれても、
返事することができなかったのであります。
村に
帰ると、その
間に、百
姓は、
怠らずに
働いていました。
地主は、はじめて、まじめに
働かなければならないと
知りました。そして、こうして、
精を
出したから、あのみごとな
大根はできたのであろう。
地主は、いつか百
姓の
持ってきた
大根を
思い
出しました。そして、
植木屋にあの
大根をやったことを
惜しみました。なぜなら
植木屋のくれたしゃくなげは、まもなく
枯れてしまったからであります。