台風の子(2)
日期:2022-11-18 23:59 点击:246
いつであったか、源吉と龍夫の二人が、豪雨の後のこと、いまにもギイギイと鳴って、水勢のために押し流されそうな橋のたもとで、水面を見つめていると、いくつも赤いトマトが浮きつ沈みつしてきました。二人は、このダンスでもするように、おもしろそうに流れていく、トマトに気を取られていると、こんどは人間の頭ほどのかぼちゃが流れてきました。つづいて見当のつかぬ妙なものが……それは、近づくと大きな竹かごだとわかったのでした。
「おや、どこかの八百屋から流れてきたんだよ。」
「きっと、川ぶちの八百屋に水が上がったんだ。」
そのうちにこんどは、おけが流れてきました。いったいどこの町の八百屋だろうと思っていると、あちらから、自転車に乗って、八百屋の主人らしい男が、なにか叫びながら、おけを拾おうとして、追いかけてきました。けれど橋のところまでくると立ち止まって、ただ見ているだけで、どうすることもできなかったのです。
「釣り堀の金魚やこいが流されたろう。水が引いたら田圃へいってみようよ。」
龍夫は、急に楽しそうに、いいました。そして、
「また、台風がこないかな。」といいました。
「昨日、きたばかりじゃないか。」
「すぐ後へ台風の卵ができたって。」
「君、そんなに台風が好きかい。」
「僕のお父さんがくるんだもの、昨夜も、いまごろお父さんが、お通りだといって、お母さんは、お仏壇に燈火をあげられた。僕も、死んだら台風になるよ。」
「君、そうしたら、僕の家の頭の上を通るだろう。」
「ああ、きっと通るよ。そのときは、君、見ておいで!」
「あはは……。」と、二人は、声をたてて笑いました。
そんな冗談をいった龍夫は、その年の秋の末、寒くなろうとするおり、急性肺炎にかかって、ほんとうに死んでしまいました。
一年は、刻々と時計の針の進むごとく、また、いつしか季節がめぐってきた。
ラジオは、天気予報の時間に、台風の近づいたことを警告していました。源吉は、龍夫のいた時分のことを思い出した。なんで彼のいったことを忘れよう。
前ぶれとして、いつものごとく、驟雨がやってきました。それは、銀の細引きのように太い雨が降り注ぎました。破れたといからは、滝津瀬と水が落ちました。屋根の上は風のためにしぶきをあげているし、木々の大枝がもまれにもまれています。
「愉快だな。」
源吉は、じっとしていられなくなって、小降りになるのを待ち、雨マントをかぶって外へ出ました。
「川の水が、去年のようにいっぱいになったろう。」
彼は、龍夫といっしょに立ってながめた、橋の方へいこうとしました。ちょうど役所の退けごろで、雨の中を人々が往来しています。しかし老人の顔は、たいてい曇っていました。
「また出水するだろう、それで、床板をぬらすし、病気は出るし、作物にはよくないだろう。」