太陽と星の下(2)
日期:2022-11-18 23:59 点击:235
これをきくと、横になって、新聞を見ていた兄さんは、笑いながら、起き上がりました。そして、弟に向かって、つぎのようにいったのです。
「戦争の終わるころは、品物が不足していて、だれでも、すばしっこく、人のほしがる品を動かしたものは、遊んでいても、大もうけができたのだ。もとより、そういう人々は、世の中のためとか、他人のためとかいうことは考えていない。ただ自分さえよければいいので、ぜいたくしたものさ。一方には、いままでの金持ちが貧乏して、着物を売るやら、家宝を売るというふうで、町にも、幾軒か、こっとう店ができたのだよ。新興成金を目あてにね。ところが、やみ物資もなくなると、たちまち金もうけの道がとだえて、にわか大尽は、また昔のような丸はだかとなって、もうこっとう品など買うものがなくなる。それどころか、中国へ出す国内の生産が復興しないから、ともぐいするようになる。弱いものからまいってしまう。近ごろ、死ぬ人がめっきりふえたのもこんな原因がある。だから、町のこっとう屋が、葬儀屋に早がわりするのは不思議でないよ。」
「兄さん、息苦しい世の中になったんだね。」と、少年は、いいました。
「なにしろ、せまい国の中へ、八千万からの人間がおしこめられているのだものな。」と、兄さんは、ため息をつきました。
「それは、僕にもわかるよ。なぜって、小さな入れ物の中へ、金魚をたくさん入れておくと、だんだん死んでしまうものね。」
彼は、このごろ、やっと、ひろびろとした、原っぱで、野球のできる喜びを思い起こして、不幸な祖国のきゅうくつな現状を悲しまずには、いられませんでした。
「どれ、原っぱへ遊びにいってこよう。」
少年は、じっとして、家にいられなくなって、こう叫ぶと、外の方へ飛び出しました。しかし、自由を欲する彼に対して、だれもとがめるものはありませんでした。
原っぱへいけば、そこには、かならず、二、三人の彼の仲間がいました。大空は、まんまんとして、原の上に青い天蓋のように、無限にひろがっているし、やわらかな草は、美しい敷物のごとく、地上を目のとどくかぎりしげっていました。
「世界じゅうを、どこまでも飛んでいける、渡り鳥はしあわせだね。」と、Nくんがいいました。
「そうするように、神さまが、羽をくだされたんだもの。」と、Kくんが答えました。
「なぜ、人間にだけ、それができないのだろうね。」と、Sくんが、ただすと、
「人間にだって、汽船や、飛行機を発明する力を神さまがくださったのだ。自由にどこへでもいけるようにね。」と、Kくんが、いいました。
「しかし、ここから先、いってはいけないとか、ここから内へ入ってならないとか、実際はきゅうくつなんでないか。」と、S少年は、ききかえしました。
「神さまは、世界をみんなのため、お造りになったのだから、だれにもそんな繩張りをする権利なんかなかったのだ。それを人間どうしが、たがいに意地わるをして、強いものが、弱いものをいじめて、かってに楽をしようとしたのだよ。」と、Kくんは答えて、なお、考えていました。少年はKくんの考えが、まったく自分の考えと一致しているのを知って、うれしかったのです。
「Kくん、僕は、人間があまり強欲なものだから、戦争をしたり、けんかをしたり、罪もない動物まで殺したりするのだと思うよ。神さまの与えられた生命を奪ってしまうという、残忍な行為は、ゆるされないのでないかね。」と、少年は、ききました。
「だから、そういう残酷なことをするものには、きっと罰があたるだろう。」
「君もそう思う。僕も、天罰があたると思っている。」
「どうして、ほかの動物より、人間のほうがえらいんだろうね。」と、いままで、だまっていた、Kくんが口を開きました。
「おたがいに、愛情があり、しんせつだったから、万物の長といわれたが、いまは、残忍なこと、ほかの動物の比でないから、かえって、悪魔に近いといえるだろう。」と、S少年がいいました。
このとき、赤く日は、西の山へ沈みかけていました。三人の少年は、しばらくだまって、地平線をながめながら、思い思いの空想にふけっていました。
考えれば、まだ地球には、どれほど、人の住んでいない広い土地があるかしれない。人間の必要とする宝が埋ずまっている山や、谷があるかしれない。また茫漠として、耕されていない野原があるかもしれない。それなのに、衣食住に窮して、死ななければならぬ人間がたくさんいる。それはどうしたことだろうか。
飢餓、戦争、奴隷、差別、みんな人間の社会のことであって、かつて鳥類や、動物の世界にこんなようなあさましい、みにくい事実があったであろうか。こんなことをしなくても、彼らは自然をたのしみ、なやむことなく、安心して生活するではないか。こんなような疑いが、期せずして三人の頭の中にあったのでした。
「ああ、忘れていた。こんど学校へ国際親善の題で、作文を書いて出すのだったね。」と、S少年が思い出して、いいました。
「君は、なにを書くつもり。」と、Nくんが、二人の方を向いて聞きました。
「僕は、外国のお友だちに、人間はみんな平等なのだから、おたがいに力を合わせて、みんなが幸福になるような、いい世界を造ろうじゃないかと訴えるつもりだ。」と、Kくんが、いいました。
「Kちゃん、僕も、おなじなんだよ。いままで、大人たちの強欲から、戦争が起こったんだ。自分にとってだけでなく、相手にとっても尊い生命であると知ったら、殺し合うことはできないはずだ。どんな幸福も、これほどの罪悪には償わないと思うよ。だから、神さまの心にそむくような武器は、いっさいなくしてしまって、どうしたら平和にみんなが生活することができるかと、相談するようにしたい。世界じゅうのお友だちが、その気になってくれたら、僕たちの時代には、いままでとちがった、りっぱな世界になれるのでないか。」と、S少年がいうと、
「賛成、賛成!」と、Nくんが同感して、熱い拍手をおくりました。
日はまったく暮れて、いつしか、夕焼けの名残すらなく、青々として澄みわたった、空のたれかかるはてに、黒々として、山々の影が浮かび上がって、そのいただきのあたりに、きらきらと、一つ、真珠のような星が、かがやきました。こんな時分になっても、まだあちらでは、遊んでいて、元気のあふれる子供らの声が、きこえていました。