千代紙の春(2)
日期:2022-11-26 23:56 点击:222
このとき、一人のおばあさんがありました。つえをついて、この橋の上にきかかりました。おばあさんには、心配がありましたから、とぼとぼと下を向いて歩いて、元気がなかったのです。それは、かわいい孫の美代子さんが、体が悪くて、家にねていたからです。
「どうかして、早く、美代の病気をなおしたいものだ。」と、おばあさんは、このときも思っていました。
美代子さんは、ちょうど十二でした。このごろは、体が悪いので学校を休んで、医者にかかっていました。けれどなかなか昔のように元気よく、快くなおりませんでした。そして、美代子さんは、毎日、ねたり起きたりしていました。起きているときは、お人形の着物を縫ったり、また、雑誌を読んだり、絵本を見たりしていましたけれど、もとのように、お友だちと活発に、外へ出て駆けたりして遊ぶようなことはなかったのです。
美代子さんのお母さんや、お父さんばかりでありませんでした。心配をしたのは、家じゅうのものでありました。
「ほんとうに、あの子の病気は、なぜなおらないのだろうか?」と、おばあさんは、いつもそのことを思いながら、つえをついて歩いて、橋のたもとにきかかったのです。
「さあ、こいをまけておきますから、買っていってください。」と、おじいさんはいっていました。
おじいさんは、早くこいを売って家へ帰りたいと思いました。家には、二人の孫が、おじいさんの帰るのを待っていたからです。おじいさんの家は貧乏でした。そして、おじいさんが、こうしてこいを売って金にして帰らなければ、みんなは楽しく、夕飯を食べることもできなかったのであります。
「さあ、まけておきますから、こいを買っていってください。」と、おじいさんは、熱心にいいました。
おばあさんは、それを聞くと、つえをつきながら、立ち止まりました。そして、橋のそばに、店を開いている、盤台の中の大きなこいに目を止めたのであります。
おばあさんは、こいを病人に食べさせるとたいそう力がつくという話を思い出しました。
「ほんとうに、いい大きなこいだな。」と、おばあさんはたまげたようにいいました。
「まけておきます。どうぞ買っていってください。」と、おじいさんは声をかけました。
「うちの小さな娘が病気だから、それに買っていってやろうと思ってな。」と、おばあさんはいいました。
「このこいをおあがりなされば、すぐに病気がなおります。」と、おじいさんは答えました。
おばあさんは、じっと大きなこいが、肥えた白い腹を出しているのをながめていましたが、
「なんだか、このこいは、元気がないな。じっとしている。」と、おばあさんは、こごんでいいました。
「どういたしまして、これが弱っているなどといったら、元気のいいのなどはありません。」と、おじいさんはいいました。
おばあさんは、それでもくびを傾けていました。
「死んでいるのではないかい。」と、おばあさんはたずねました。
「あんなに、口をぱくぱくやっているではありませんか。」と、おじいさんはいいました。
「いくらだい?」
「大まけにまけて一両よりしかたがありません。」と、おじいさんは答えました。
「どれ、ちょっと尾を持って、跳ねるか見せておくれ。」と、おばあさんは、註文をしました。
このとき、ほんとうにこいは、死んでいるようにじっとしていましたが、おじいさんは、おばあさんがそういうので、大きなこいの尾を握って高くさしあげました。