時計のない村(2)
日期:2022-11-28 23:41 点击:246
こうして、時計によって双方が争ったのです。
「待ってやって、理屈をいわれるようじゃつまらない。さっさと時間がきたら、仕事を始めてしまうがいい。」と、早い時間を信ずる組は、遅れた時間を信ずるものにかまわずに、相談を進めるようになりました。
こんなようなことで、つねに時間から、双方の争いが絶えませんでした。そのうちに、ふとしたことから、乙のほうの時計が壊れてしまいました。いままで、毎日まわっていた針が、まったく動かなくなってしまったのです。
神さまのように、その時計の時間を信じていた乙のほうの組は、その日から真っ暗になったように、まったく時間というものがわからなくなりました。
そうかといって、いままで、争っていた甲のほうへいって、時間をきくのも恥と感じましたから、
「俺たちには、もう時間がないのだ。」といって、村の相談があっても、時刻がつねにまとまりませんでした。
甲の組は、さすがに、自分たちのほうの時計は狂わない正しい時計だと、いよいよその時計のありがたみを感じたわけです。こうなれば、乙の組のものも、こちらにしたがわなければならぬと思っていました。それで、相談があるときは、
「午後六時より。」というように、時間を定めて、乙のほうへ通知をいたしました。けれど、時計を持たなくなった乙のほうは、六時がいつであるかわかりません。こんなことで、いつも相談が、はかどりませんでした。
時計が二つあったときよりも、一つになったときのほうが、村のまとまりがつかなくなったのです。甲のほうも、案外乙のほうが自分たちに従ってこないのを知ると、困ってしまったのです。
「町へいって、時計を直してこなければならない。」と、乙のほうの一人がいいました。
「直したってしかたがない。壊れるような時計は、もう信用することができない。」と、他の一人がいいました。
「そうすれば、どうしたらいいのか。」
「壊れない、いい時計を探してくるよりしかたがない。」
「そんな、いい時計は、どこへいったら見つかるだろうか。」と、乙のほうは、寄ると集まると口々にその話をしたのであります。
乙の金持ちは、
「今年、酒がよく造れたら、遠い町へいって、いい時計を買ってこよう。」といいました。
そうしているうちに、ふと、ある日のこと、甲のほうの時計も壊れてしまったのです。自分たちのほうの時計は、けっして狂うことはないといって、いばっていましたが、ついにその甲のほうの時計も壊れてしまったのです。
「やはり、時計なんかというものはだめだ。すぐに壊れてしまう。信用のできるものでない。」と、一人がいいますと、
「時計があったって、なくたって、この一日には変わりがないじゃないか。」と、他の一人がいいました。
甲のほうでは、乙のほうの時計も壊れてしまったのだから、いまさら、急いで新しい時計を、町へいって求める気にもなりませんでした。
乙のほうでも、甲のほうの時計が壊れたと聞いて、いまさら、町へいって新しい時計を求めるという気持ちが起こりませんでした。
村は、いつしか、時計のなかった昔の状態にかえったのです。そして、頼るべき時計がないと思うと、みんなは、また、昔のように、大空を仰いで太陽の上がりぐあいで、時間をはかりました。そして、それは、すこしの不自由をも彼らに感じさせなかったのです。時計が壊れても、太陽は、けっして壊れたり、狂ったりすることはありませんでした。
「時計なんか、いらない、お天道さまさえあれば、たくさんだ。」といって、みんなは、はじめて、太陽をありがたがりました。そして、集会の時刻も太陽のまわりぐあいできめましたために、みんなは、また昔のように一致して、いつとなく、村は平和に治まったということであります。