とびよ鳴け(3)
日期:2022-11-28 23:41 点击:246
こちらには、土管や、人造石が積まれているし、またあちらには、起重機が置いてありました。ところどころ木立があって、頭の上を青い空が拡がっていました。都会でこんなにはるかな地平線の見えるのは、珍しいことです。
遠い煙突からは、黒い煙が、上がっていました。ちょうど、海をいく汽船の煙のようにも思われました。あちらでも、こちらでも、町の子供たちが、たこを上げて遊んでいます。風がないせいか、高く上がっているたこがありません。そして、工夫たちも、今日は仕事が休みなのか、地平機が投げ出されたままになっています。
「だれも、野球をやっていないが、どうしたんだろう。」と、辰一は、がっかりしたが、年末であるので、なにか都合があってこられなかったのだろうと思いました。
ここからは駅が近く、絶えず電車や、汽車の笛の音がしていました。そして、停車場のあたりは、にぎやかな町でありました。辰一は、暮れの街の景色を見物して帰ろうと思いました。
ガードをくぐると、そこだけは、一日じゅう日蔭で、寒気がきびしく、肌を刺しました。暗を照らす電燈の光は、うす濁ってぼうっとかすんでいます。出口の煉瓦の壁に、出かせぎ人夫募集のビラが貼られていました。生活のために、未知の土地へいく人のことを考えると、なんとなく、胸をしめつけられるような気がしました。
「健康であれば、どこへいっても生活ができる。」と、学校の先生のおっしゃった言葉が浮かんできました。
さすがに戦時であって、町は、いつもの暮れとちがい、べつに飾りもなくてさびしかったのです。それでも歳末の気分だけは、どこにかただよっていました。アスファルトの道を人々が忙しそうに往来しています。くつの音とげたの音が、入りまじって耳にひびきました。
露店が、連なっていました。その一つには、ヒョットコ、きつね、おかめ、などの人形がむしろの上へ並べてありました。それを商うおばあさんは、日がほこほこと背中に当たっているので、いい気持ちで居眠りをしていました。また、この寒いのに、どこから持ってきたものか、ふな、なまず、雑魚などの生きたのを売っている男がありました。これらの川魚は、底の浅いたらいの中に、半分白い腹を見せて、呼吸をしていました。その隣では、甘ぐりを大なべで炒っていました。四つ辻のところへ出ると、雑沓の中で、千人針を頼んでいる女がありました。通る女の人々が、そのそばに足を止めていました。
「もう、お正月がくるのに、出征する兵隊さんがあるんだな。」
辰一は、感慨深く思いました。戦地へいく人のことを考えると、じっとしていられないような気がしました。
このとき、突然軍歌の声が、停車場の方にあたってきかれたのでした。彼は、はじかれたように、群衆から抜け出て、急ぎ足で、その声のする方へと向かったのです。国防婦人の制服を着た人たちが、小さな日の丸の旗を振って、調子を合わせて歌っていました。戦闘帽を被った青年が、元気いっぱいに大きな声で、音頭を取っていました。
紅いたすきをかけた、出征兵は、正しく、つつましく、立って、みんなの厚意に感謝していました。それは、徳蔵さんが、送られたときの姿を思い出させます。まったく同じでありました。徳蔵さんはこうして送られていったが、それぎり帰ってこなかったのです。
そう考えると、熱い涙が、目の中からわいてきました。いつのまにか、この人と徳蔵さんとが、同じ人になってしまって、限りない悲壮な感じが抱かれたのであります。
辰一は、のども破れよとばかりに、大声を上げて、万歳を三たび唱えたのでした。
彼は、帰りに、もう一度空き地へ立ち寄ってみました。先刻たこを上げていた子供たちは、どこへいったか、姿が見えなかったのです。寒い風が、荒涼とした広場を吹いていました。辰一は、支那の戦場の景色を空想しました。また戦死した徳蔵さんを思い出しました。
足もとの瓦の破片を拾い上げると、力いっぱい大空に向かって投げました。
高い、高い空に、とびが、町を見下ろしながら舞っていました。
自分が少年飛行家であったら、飛行機に乗って、ああやって敵軍を爆撃するのだ。
「とび、とび! 大きな声で鳴いてくれ!」