二百十日(3)
日期:2022-12-03 23:59 点击:271
三人は、さびしい畑の方へ歩いていきました。とうもろこしの葉が、夕風に動いて、さっきから鳴いているうまおいの声が、夜のふけるにつれてだんだん冴えていました。
「どこに?」
「もっといくんだよ。」
「こわいな。」と、光ちゃんが、いいました。
「お化けなんか、うそだい。」と、勇ちゃんは、先になろうとして、なすの畑へ踏み込みました。
「ほら、あすこに、青い灯が……。白い着物を着て立っているだろう。」
「あっ、お化けだ!」と、光ちゃんが、逃げ出しました。つづいて勇ちゃんも逃げようとしたが、徳ちゃんが立っているので、徳ちゃんのうしろから、じっと、とうもろこしの畑をすかして見ていました。
「だれか、いたずらしたんだよ。」
「勇ちゃん、そばへいける?」
「こわいな。」
「それごらんよ、だれかおおぜい呼んでおいでよ。」
このとき、勇ちゃんは足もとの土を拾って、青い灯を目あてに投げました。すると、青い灯が動いて、白い着物がこちらへ近寄ってきました。
「こわい。」と、徳ちゃんが、逃げ出しました。勇ちゃんは、独りしにもの狂いに土を拾って投げていました。そのうち、土がお化けにあたったのか、
「あっ。」といって、青い灯が下に落ちました。
「目に土が入った……。勇ちゃんおよしよ。」
白い着物を着た、お化けが、いいました。
「正ちゃんなの、なあんだ……。」
勇ちゃんは、すぐそばへ走っていきました。
「お面を被っていたの。」
「目が痛くてあかないよ。」
「正ちゃん、ごめんね。」
勇ちゃんの叔父さんの家は、ここから近かったのです。村の端にあった、お医者さまでした。内科だけでなく、目も診察するのでした。勇ちゃんと徳ちゃんは、正ちゃんの手を引いて、勇ちゃんの叔父さんの家へいきました。
叔父さんは夜の往診からちょうど帰ってきたばかりでした。
「どれ、どれ。」といって、正ちゃんの目を見て、水で洗ってくれました。そして、薬をさしてくれました。
「どう、もうなんともないだろう。」
正二は、目を開けると勇ちゃんの叔父さんは笑っていました。
「叔父さん、お化けごっこをして、僕が土を投げたんだよ。」
「乱暴をして、目の中へ土を入れたりしてわるいじゃないか。」
叔父さんは、正二のポケットからのぞいている般若面を見つけて、
「これを被ったんだな。」といいながら、引き出して自分で被るまねをしました。みながひょうきんな叔父さんの顔を見て笑いました。
それから、三人は、話しながら暗い道を帰りました。
「光ちゃんは、どうしたろうか。」
「もう、ねんねしたろう。光ちゃんは、臆病だね。」
「勇ちゃんもおっかなかったろう。」
「僕、徳ちゃんが、大騒ぎをしないから、きっとだれかいたずらをしているのだと思ったよ。」
「いたずらなんかして、ばかをみてしまった。」と、正二は、後悔しました。このとき、木の枝に当たる風が、いつもとちがって強かったのでした。
「二百十日の風だね。」と、徳ちゃんが、いいました。思い思いに、空を仰ぐと、星の光が、見えたり隠れたりしました。雲が走っていたからです。
「明日は、土曜だから、学校から帰ったら、川へいって、魚捕りをしよう。」と、たがいにいって、別れました。
正二は、夜中にふと目をさますと、ゴウゴウといって、風の音がしています。
「風が西へまわったから、雨になるかな。」と、庭の方で、おじいさんの声がしました。
「おじいさまは、起きていらっしゃるのだろうか。」と、正二は耳をすましていると、たなの上の植木鉢を下ろして、家の内へ入れているようすでした。おじいさんは、実のついたざくろから先に入れられたであろうと思いました。
「ざくろのつぎにはどれかな。」
正二は、寝ながら、いろいろあった植木鉢のことなど考えました。「梅か、それとも松かな。」そんなことを空想しているうちに、いつかまたぐっすりと眠入ってしまいました。
夜が明けました。けれども、まだ風の音がしています。正二は起きて庭先へ出てみると、いろいろの木の葉が、無理に引きちぎられたように、庭一面に散らばっていました。そして、百日紅の花が、ふさのつけ根からもがれていました。
学校へいく時分には、風はいくぶん衰えたが、頭の上の空には、まだものすごい雲が後から後から駆けていました。正二は、途中で同じ組の年雄くんに出あいました。
「年ちゃん、ひどい風だったね。」
「はとが帰らないのだよ。」と、心配そうな顔つきをして、年雄くんがいいました。
「えっ、はとが。」と、正二は、驚きました。
「昨日、兄さんが、静岡の方から放したのさ、それがまだ帰ってこないのだ。」
「風に出あって、どっかに休んでいるんだろう。」
「千キロの記録があるのだけど、もう年をとっているから心配なんだよ。」
正二も、年雄くんの家のはとのことが気にかかったので、学校から帰っていってみました。だが、まだ、はとは帰っていませんでした。川の堰はらいが延びたというので、年雄くんと二人で、村の端を散歩すると、昨夕入った畑のとうもろこしがだいぶ倒れて、頭の上にひろがった、青い空が急に秋らしく感じられたのです。