春はよみがえる(2)
日期:2022-12-08 07:30 点击:263
さらに、事実を上げると、先日のこと、男は、かきの木にとまった、すずめをねらっていました。この木は火をまぬかれた老木で、枝を張り、すずめなどのいい遊び場所でした。だれでも、こうした光景を見るなら、生物の命のとうとさを知るものは、神の救いを祈ったでありましょう。正吉も、心のうちで、どうか弾のはずれるようにと願っていました。しかし、精巧な機械のほうが、よりその結果は確実でした。たぶん、子すずめを助けたいばかりに、親すずめが身がわりになったらしく、いっしょに逃げればよかったものを、ただ一羽だけ、じっとして、弾に当たったのでした。
正吉だけでなく、酒屋の主人も、このありさまを見ていました。
「あれは、たしかに親すずめが、身がわりになったんだよ。かわいそうにな。」と、正吉が青服にきこえるように、いうと、
「どこが、かわいそうなんだ。そういうなら、牛肉も、魚も、食べないかい。ばかをいっちゃ困るよ。」と、青服は、せせら笑いました。
赤い顔の酒屋の主人は、青服に近よって、
「旦那、いい空気銃ですね。そこらのおもちゃとちがって、だいいち鉄砲がいいや。」といって、ほめました。
青服は、銃がいいので当たると、酒屋の主人がいったとでもとったか、
「なに、おれは腕に自信があるんだよ。先だっても浜の射的屋で、旦那、どうかごかんべんねがいますって、あやまられたんだぜ。ねらったが最後、はずしっこないからな。」と、青服は自慢しました。それから、木の下へいって、落ちたすずめをひろいました。さっきまで、仲間とさえずりあっていた、哀れな鳥は、もはや屍となって、かたく目を閉じていました。
「やはり、今のものなら、日本製でしょうね。」と、主人が聞くと、
「ちがう。戦争前のドイツ製さ。これなら、かもでも、きじでも、なんでも打てるよ。こんどうずら打ちにいこうと思っている。」と、こう答えて、青服は、獲物をみつめるように、目をかがやかせました。
「おもしろいでしょうね。」と、わざとらしく、酒屋の主人は、あいづちを打ちました。
「なによりも、殺生とかけごとが、大好きだなんて、困った性分さ。」と、青服は、自分をあざけりながら、他人のいやがることを好むのが、近代的と思いこみ、かえって誇りとするらしく見えました。
「どれ、見せてください。あんたの鉄砲を。」
「おれんでない、家主のだよ。ただ打つのがおもしろいので、食べやしないから、みんな鳥は借り賃にやってしまうのさ。なんで、あのけちんぼが、ただで、銃なんか貸すもんか。」
「じゃ、鳥は、みんな家主さんに、やるんですね。」
「おとといだか、打ったもずをやると、すずめより、大きいって、喜んだよ。」
正吉が、それを聞いて、この男は、禁鳥でも打つのかと、おどろきました。彼が空気銃を持って歩くかぎり、小鳥たちにも、この町にも、平和はないという気がしました。
うぐいすの声を聞いて、画家をたずねてから、はや、二、三日たちました。いつも朝起きる時分に鳴いたのが、急にその声がしなくなりました。正吉は、なんとなく、不安を感じたのです。学校の休みを待って、心の引かれるまま、うぐいすのきた方角へ出かけてみました。道ばたの畑には、梅の木があり、桜の木があり、また松の若木がありました。戦後になって、どこからか植木屋がここへ移植したものです。いろいろの下草は、霜にやけて赤く色づいていたし、土は、黒くしめりをふくんでいました。
正吉は、まだ深くも探してみないうちに、それは、真に偶然でした。ふと足もとを見ると、草の中に落ちている、小鳥の死骸が目にはいりました。はっと思って、予期したとおりだと、胸がどきどきしました。けれど、まだうぐいすと信じきれず、手にとって見ると、草色をした羽は、すでに生色がなく、体はこわばっているが、うぐいすにちがいなかったのです。おそらく、声がしなくなった日に打たれたので、ねこも気がつかなかったとみえました。
正吉は、さっそく画家に知らせました。そして、いいました。
「たしかに、あの青い服を着た男が、空気銃で打ったのです。」
「せっかく山から、林をつたってきたのを、思いやりのないことをしたものだな。」と、画家は、うぐいすの死を悲しみました。
「ほんとうに、悪いやつです。」と、正吉は、いいました。
「どんな顔の男だな。」と、画家が、聞きました。
正吉は、自分の知るだけのことを、くわしく話して、
「青服は、自分の口から、かけごとと殺生がなにより大好きだというのだから、やさしい顔はしていませんよ。酒屋のおじさんが、あの男は、べつに仕事もせず、競輪や、競馬で、もうけた金で、ぶらぶらして暮らすんですって。そして、お体裁にあんな日よけ眼鏡をかけているのだって。」
「そうか、与太者らしいな。まじめな人間なら、そんなふうをしないし、殺生をなにより好きだなどといわぬだろう。いまごろ、はやりもしない空気銃を、どこから持ち出したものか。」と、画家は、不審に思いました。
「あすこの空き地へ二軒つづきの家が幾つも建ったでしょう。あすこにいるんですよ。銃は家主から借りて、自分は打つのがおもしろいので、鳥は家主にやるといいました。家主は、戦争中、竹の子生活をした人から、時計や、双眼鏡や、空気銃など安く買い取ったのだと、やはり酒屋のおじさんがいっていました。」と、正吉は語りました。