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不思議な鳥(2)_小川未明童話集_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29  点击:3455
 

二


最初この小鳥の色は黒かった。ちょうど雀のような形でそれよりも黒かった。この小鳥を見た人は、誰でも、
「黒い鳥。」といった。
この黒い鳥を私が貰ったのは、寒い冬の日であった。しかも吹雪ふぶきの募った頃である。山に居る何どの鳥も餌えが失なくなって、里にいる雀ですら、軒下の標縄しめなわに止って凍えかかっていた。家の裡うちにいては暗く、反古紙ほごがみで張った高窓に雪や霰あられの当る音がした。その毎たびに高窓を見上げていると、一日こうやって怠屈たいくつに送るのが物憂ものうかった。何かして遊びたいと思ったが、誰も訪ねて来るものがない。時計が三時を打った。
「ああ、もう直じき日が暮れるのか……。」
私は黒い柱に懸かかった、古風の大きな八角時計を見上げた。縁の金色が、僅わずかに鈍い灰色の空気に光って、眤じっと眸ひとみを移さずに白い円盤を見詰みつめていると、長い針は遅々ちちと動いて、五分過ぎた。目に見えぬうちに時間の経たって行くのが何の訳なく気を焦立いらだたした。
「出て見よう、家に居たってつまらん。」
こう思い決めると、何様どんな困難があっても、吹雪を冒おかして外を歩いて見たい好奇心が矢の如く心を駆った。早速深く編み上げた藁靴わらぐつを穿はいて、雪で吹き閉された戸を開けて外へ出た。一陣ひとしきり大きな雪片せっぺんが風に煽あおられて圃たんぼの方から走って来た、立っている自分の胸は忽たちまち白壁のように真白になった。ただ幸さいわいに大きな吹雪はこれ限きりで後は少し晴間となった。空は飽迄あくまで灰色であった、三尺許ばかり上は灰色の厚い布で張詰られているような気がした。外へ出たが誰を探たずねて見ようという考えは別になかった。この時、彼方の寺の栗林で鵯ひよどりが沢山来て啼ないているのが聞えた。で、早速家へ引返して二連発の猟銃を持って寺の林へ急いだ。
道は雪に埋うずまって分らなかった。人の影を見ない。木立こだちは雪を被きて重げである。空濠からぼりも雪に埋っていた。私は、この大きな陰気な空濠を廻って寺の墓地に入った、杉の木からは絶えず雪が崩れて落ちた。その毎に身動きをしない、重苦しそうな枝の一部分だけが動いた。見渡すと五六寸ばかり頭の現われた墓石が其処そこ、此処ここにある。鵯の止っている栗林は夕空に頭を揃えていて、一帯いったいに空気が沈んで、寂寞ひっそりとしていて悲しそうな景色であった。
私は暫らく佇たたずんで、是等これらの物悲しい、静かな景色を眺めていたが、急に鳥を撃つのは可哀そうだというような感かんじがして、その儘まま墓場を出ると普通人の通る村道に出た。
「斯様こんな淋しい国に何時いつ迄居られよう。早く快活な国へ――もっと南の暖かな国へ行って住みたいものだ。」
……と考えながら、下を向いて歩いて来ると、突然猟師の息子の吉太きちたに出遇であった。吉太は頭から藁わらを編んだ長い後方うしろに迄垂れ下る妙な帽子を被っていた。彼かれの眼は梟ふくろうのように円く黒く大きかった。頭髪かみのけは艶こく縮れていた。彼は十五六であったが余り性質がよくなかった。小学校は中途で退校を命ぜられた。村の子供を苛いじめて、子供の持っている銭を取上る、町へ出ては商家あきないやの隙を覘ねらって品物を盗んで来る。だからこの吉太を善く言うものはなかった。
「おい吉太、この雪に何処へ行く。」と聞いた。
吉太は藁帽子を片手で少し上げて、眼の好く見えるようにして私を見た。気味の悪いような、また何処か嘲あざけるような笑いをした。
「何か捕れましたかえ。」といった。
「いや、撃つのを止めて帰るのだ。」
「お前は何処へ行く?」
と私は聞いた。
「町へ行くだ。」と彼は、私の銃の砲先つつさきを見ていたが、
「己おらあ、小鳥を町へ売うりに行くだ。」
といって、懐から、さも大事そうに、壊れ物でも取出すように握り出した。それは翼はねを包んで、頭を穴から出して逃げないように紙の衣きものを着せた小鳥であった。
「黒い鳥だな、……何という鳥だ。」と聞いた。
吉太はさも大事そうに、自分の心臓でも掌てのひらに載せているように、雪焼のした汚らしい手を戦ふるわしていた。で、私の言ったことなどに耳を傾けていなかった。吉太は、こうやっている間にも幾度となく、唇を掌に寄せて暖かな息を鳥に吹かけた。
「己おれにその小鳥を売うってくれないか。」
と、余り珍らしい鳥なものでこういった。けれど私はこの鳥を見た時、好い気持がしなかった。何んだか再び眼から印象の消えない物を見せられたような気がして、急に心持が暗くなるのを覚えた。しかし、この儘、この鳥を他人ひとに渡してしまうのも惜しいような気がしたので、自分で飼かってみたくなった。吉太は私の顔を見ていたが、
「貴君あなたになら売るのは厭だ。」
「何故?」
町へ売うりに行くのを、何故自分に売るのが厭だろう。吉太の性質が曲っているのを証明するものでないか? それとも町へ行ったら思い切り高く売れるが、知っている人にはそうは行かぬ所から、自分に売るのを厭だというのでないかと思ったから、
「高く買かってやるよ。町で売れるより高く買てやる……。」
「貴君に上あげるなら、銭はいらないから、私わしの欲しいものをおくんなさい。」といった。
「お前が欲しいもんてや、何んだ。」
「欲しいものをおくんなさるか?」と、吉太の声は顫ふるえて、眼が輝やく。
「何だ? やれるものならやる……。」と私は怪しみながらいう。
吉太は黒い鳥を持もったまま、考え込んだ。遠いものを追うような眼付をした。いつしか両眼からは熱い涙が湧き出て、涙は彼の頬に流れた。今迄と変って獰悪どうあくげな面構つらがまえが、忽たちまち見違うように柔和となった。私は、不思議に堪たえなかった……彼にこれ程の感興かんきょうを与えるものを果して自分が持ているであろうか、たとえそれが何であっても、必ず吉太に与えようと心に誓った。
「早く言え、やるから。」と、確きっぱり言いった。吉太は、声を震わし乍ながら、
「何時いつか見た、絵具皿を下さい。」
といった。
私には、急にその皿が想い出せなかった。
「何様どんな形なのだ。」と聞くと、
「花の形をしているのです。」
と、いって泣いた。
私は吉太の泣くのを始めて見た。斯様悪摺わるずれた悪魔の児こが、どうして泣くだろうかとも思った。が、又急に可哀そうになって、
「じゃ探して置く、明日の朝来い。」
と、二人は別れた。
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09/29 23:29
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