その
翌日のことです。
年ちゃんが、
学校から
帰ってくると、
汚らしいふうをした
女の
人が、お
母さんと
話をしていました。
年ちゃんは、
見たことのある
人のような
気がしたが、
思い
出せませんでした。
「どうして、こんな
人が、お
母さんとお
話をしているのだろう。」と、
年ちゃんは、
不思議に
考えました。
女の
人は、お
母さんの
方を
見て、
「
私にも、
今年十四になる
男の
子があります。
学校を
出ると、すぐに
奉公をさせたのですが、
手紙のたびに、
弟はどうしているかと、いってきます。」と、いっていました。
お
母さんは、いちいちうなずきなされて、
「ほんとうに、
感心ですね。それもあなたが、そうしたりっぱなお
心がけだからです。きっといい
子におなりですよ。」と、おっしゃいました。
「ただ、
子供の
大きくなるのを
楽しみにしています。」
「そうですとも。」と、お
母さんは、
頭をば、こくりとなさった。
「おじゃまいたしました。」
「
女中が
帰りましたら、どんなに
喜ぶことでしょうか。すぐにお
礼に
上がらせますから。」と、お
母さんが、おっしゃると、
「いいえ、お
礼なんかいるもんですか。」と、
女は、そうそうにして、
帰っていきました。
「お
母さん、いまの
人だれなの?」と、
年ちゃんが
聞きました。
「あの
人ですか、くず
屋さんです。」
「なにしにきたの。」
「このあいだ、きよが、
弟に
送る
為替のはいった
手紙を
落としたといっていたでしょう。あの
人がごみ
捨て
場にあったのを
拾って、とどけてくださったのですよ。なんと
正直なくず
屋さんではありませんか。」と、お
母さんは、いわれました。
「そうだったか。」と、
年ちゃんは、
思い
当たると、ため
息をつきました。いつか、
原っぱのごみ
捨て
場で、
紙くずや、
菜っ
葉を
拾っていた
女の
人だ。あのとき、
自分は、
乞食かと
思ったが、そんなに
正直な
感心な
人であったのかと、さげすんだことが、かえって
恥ずかしくなりました。
きよが、
田舎から
帰ると、お
母さんは、くず
屋さんがとどけてくれた
手紙をお
渡しになりました。きよは、
驚いて、
「まあ、どこにございましたか。」と、きよは、
目をまるくしたのです。そして、
土に
汚れた
自分の
手紙をいただいて、
封筒を
開けると、
中からしわくちゃになった
為替券が
出てまいりました。
「
女のくず
屋さんが、とどけてくれたのです。きっと、おまえが、
紙くずや、すえぶろの
灰を
原っぱへ
捨てるときに、いっしょにまちがって
捨てたのです。
話をきくと、そのくず
屋さんは、
夫に
死なれてから、
二人の
子供を
育ててきたのだそうです。
貧乏していても、
正直で、
感心じゃありませんか。」と、お
母さんは、おっしゃいました。きよも、ほんとうに、そう
感じたし、またありがたく
思いました。
「お
礼にいっていらっしゃい。」
「はい、いってまいります。」
お
母さんが、くず
屋さんのお
家をきいておいてくださったので、きよは、お
礼にいくのに、そう
捜して
歩かなくともよかったのです。
きよは、
電車を
降りてから、
小さな
家のごちゃごちゃとたてこんだ、
路次を
入っていきました。すると、くず
屋さんの
家はじきわかったが、
表の
戸が
閉まっていました。
「おや、
働きに
出かけて、お
留守なんだろうか。」と、
思ったが、ふと、わきについている、
小さな
窓を
見ると、その
内で、コトッ、コトッ、コトッと、なにかおもちゃの
動くような
音が、きこえました。やはり、いるのかしら、と
考えて、
「ごめんください。」と、きよは、いいました。しかし、
返事がありません。もう一
度、
「ごめんください。」といいました。
すると、
子供の
声で、
「お
母さんは、いない。」と、
答えました。
きよは、お
礼に
持っていった、
品物だけなりと
置いていこうと
思って、
「もし、もし、ちょっと、ここをあけてくださいな。」といいました。けれど、
子供は、
窓を
開けるようすがありませんでした。
きよは、
困ってしまいました。
障子の
破れからのぞくと、
子供は、
病気とみえて、
床について、ねていました。そのまくらもとには、
片方の
車のとれたタンクが、ころがっていました。さっき、これがびっこを
引きながら、
動いていたのでありましょう。
きよは、しかたなく、
自分で
障子を
開けたのです。
「お
母さんは、おかせぎにいらしたの?」と
聞くと、
子供は、だまって、
上を
向きながら、うなずきました。
「ひとりで、おるすい?」
「
僕、かぜをひいたので、ついていかなかったの。」と、
子供は、
答えました。
さびしい
家のようすを
見ると、
火の
気もない三
畳の
間に、
子供は、
独りでねているのでした。きよは、かわいそうになりました。
「こんどくるときに、いいおもちゃを
持ってきてあげますよ。」というと、
子供は、このまったく
知らぬお
姉さんの
顔を、
不思議そうにながめていました。それでも、やさしくいわれたので、なつかしく
感じたのか、さびしく
笑っていました。
「
奥さま、ただいま。」と、きよは、お
家へ
帰ると、お
母さんの
前で
頭を
下げました。そして、
自分の
見たことを、
話したのでありました。そばでこの
話をきいた
年ちゃんには、――いつか、
雪の
降った
日に、くつ
下をはかずに、
破れたくつをはいて、
車のそばに
立っていた、
子供の
姿が、
目に、ありありと
浮かんだのであります。そして、
寒いのに、くつ
下もはかずにいたので、かぜをひいたのだろうと
思われました。
「お
母さん、あのくず
屋さんがきたら、
僕のいらないおもちゃと、
絵本をやってね。」と、
年ちゃんがいいました。
「ええ、ねている
子供さんに
持っていってもらいますよ。そんなに
不自由をしていても、まちがったことをしない、ほんとうに
感心な
人ですものね。」と、お
母さんは、しみじみとおっしゃいました。