ハリーはほっとして立ち上がり、カバンを取り上げて帰りかけた。すると、ハリーの背後から、太い荒々しい声が聞こえた。
「事は今夜起こるぞ」
ハリーはくるりと振り返った。トレローニー先生が、虚うつろな目をして、口をだらりと開け、肘ひじ掛かけ椅い子すに座ったまま硬こう直ちょくしていた。
「な、何ですか?」ハリーが聞いた。
しかし、トレローニー先生はまったく聞こえていないようだ。目がギョロギョロ動きはじめた。ハリーは戦せん慄りつしてその場に立ちすくんだ。先生はいまにも引きつけの発作でも起こしそうだった。ハリーは医い務む室しつに駆かけつけるべきかどうか迷った。――すると、トレローニー先生がまた話しはじめた。いつもの声とはまったく違う、さっきの荒々しい声だった。
「闇やみの帝てい王おうは、友もなく孤独こどくに、朋ほう輩ばいに打ち棄すてられて横たわっている。その召めし使つかいは十二年間鎖くさりにつながれていた。今夜、真夜中になる前、その召使いは自由の身となり、ご主しゅ人じん様さまの下もとに馳はせ参さんずるであろう。闇の帝王は、召使いの手を借り、再び立ち上がるであろう。以前よりさらに偉大いだいに、より恐ろしく。今夜だ……真夜中前……召めし使つかいが……そのご主しゅ人じん様さまの……もとに……馳はせ参さんずるであろう……」
トレローニー先生の頭がガクッと前に傾き、胸の上に落ちた。ウゥーッと呻うめくような音を出したかと思うと、先生の首がまたピンと起き上がった。
「あーら、ごめんあそばせ」先生が夢見るように言った。「今日のこの暑さでございましょ……あたくし、ちょっとうとうとと……」
ハリーはその場に突っ立ったままだった。
「まあ、あなた、どうかしまして?」
「先生は――先生はたったいまおっしゃいました。――闇やみの帝てい王おうが再び立ち上がる……その召使いが帝王のもとに戻もどる……」
トレローニー先生は仰ぎょう天てんした。
「闇の帝王? 『名前を言ってはいけないあの人』のことですの? まあ、坊や、そんなことを、冗じょう談だんにも言ってはいけませんわ……再び立ち上がる、なんて……」
「でも、先生がたったいまおっしゃいました! 先生が、闇の帝王が――」
「坊や、きっとあなたもうとうとしたのでございましょう! あたくし、そこまでとてつもないことを予言よげんするほど、厚かましくございませんことよ!」