何もかもがぼやけて、ゆっくりと動くように見えた。ハリーとハーマイオニーは、さっと立ち上がって杖つえを抜いた。ほとんどの客は何かの異常が起きたと気づきはじめたばかりで、事情を飲み込めないまま銀色のオオヤマネコが消えたあたりに顔を振ふり向けつつあるところだった。守しゅ護ご霊れいが着地した場所から周囲へと、沈ちん黙もくが冷たい波になって広がっていった。やがて、誰かが悲鳴ひめいを上げた。
ハリーとハーマイオニーは、恐怖にあわてふためく客の中に飛び込んだ。客は蜘く蛛もの子を散らすように走り出し、大勢が「姿すがたくらまし」した。「隠かくれ穴あな」の周囲に施ほどこされていた保ほ護ごの呪じゅ文もんは破やぶれていた。
「ロン」ハーマイオニーが叫さけんだ。「ロン、どこなの」
二人がダンスフロアを横切って突き進む間にも、ハリーは、仮面を被かぶったマント姿が混乱した客の中に現れるのを目にし、ルーピンとトンクスが杖を上げて「プロテゴ 護まもれ」と叫ぶのを聞いた。あちこちから同じ声が上がっていた――。
「ロン ロン」ハリーと二人で怯おびえる客の流れに揉もまれながら、ハーマイオニーは半泣きになってロンを呼んだ。ハリーはハーマイオニーと離はなれまいと、しっかり手を握にぎっていた。そのとき頭上を、一条いちじょうの閃せん光こうが飛んだ。盾たての呪じゅ文もんなのか、それとも邪じゃ悪あくな呪文なのか、ハリーには見分けがつかなかった――。
ロンがそこにいた。ロンがハーマイオニーの空あいている腕をつかんだとたん、ハリーは、ハーマイオニーがその場で回転するのを感じた。周囲に暗くら闇やみが迫せまり、ハリーは何も見えず、何も聞こえなくなった。時間と空間の狭間はざまに押し込まれながら、ハリーはハーマイオニーの手だけを感じていた。「隠れ穴」から離れ、降ふってきた「死し喰くい人びと」からも、そしてたぶん、ヴォルデモートからも離れ……。