アンブリッジが小さい手を差し出した。その瞬間しゅんかん、あまりにもガマガエルそっくりだったので、ずんぐりした指の間に水掻みずかきのないことに、ハリーは相当驚いた。ハーマイオニーは衝撃しょうげきで手が震ふるえていた。脇わきの椅い子すに崩くずれんばかりに積まれている文書の山を、もたつく手で探り、ハーマイオニーはやっとのことで、カターモール夫人の名前が書いてある羊よう皮ひ紙しの束を引っ張り出した。
「それ――それ、きれいだわ、ドローレス」
ハーマイオニーは、アンブリッジのブラウスの襞ひだ飾かざりの中で光っているペンダントを指差した。
「なに」
アンブリッジは、ぶっきらぼうに言いながら下を見た。
「ああ、これ――家に先祖代々伝わる古い品よ」
アンブリッジは、でっぷりした胸に載のっているロケットをポンポンと叩たたいた。
「エスの字はセルウィンのエス……私はセルウィンの血筋ちすじなの……実のところ、純血じゅんけつの家系かけいで私の親しん戚せき筋すじでない家族は、ほとんどないわ……残念ながら――」
アンブリッジは、カターモール夫人の調ちょう査さ票ひょうにざっと目を通しながら、声を大にして言葉を続けた。
「あなたの場合はそうはいかないようね。両親の職業、青あお物もの商しょう」
ヤックスリーは、嘲あざ笑わらった。下のほうではふわふわした銀色の猫が往いったり来きたりの見張りを続け、吸きゅう魂こん鬼きは部屋の隅すみで待ちかまえていた。
アンブリッジの嘘うそでハリーは頭に血が上り、警けい戒かい心しんを忘れてしまった。こそ泥どろから賄賂わいろとして奪うばったロケットが、自分の純血の証明しょうめいを補強ほきょうするのに使われている。ハリーは「透とう明めいマント」の下に隠すことさえせず、杖つえを上げて唱となえた。
「ステューピファイ 麻ま痺ひせよ」
赤い閃せん光こうが走った。アンブリッジはクシャッと倒れて額ひたいが高こう欄らんの端はしにぶつかり、カターモール夫人の調査票は膝ひざから床に滑すべり落ちた。同時に、壇だんの下では、歩き回っていた銀色の猫が消えた。氷のような冷たさが、下から上へ風のように襲おそってきた。混乱したヤックスリーは、原因を突き止めようとあたりを見回し、ハリーの体のない手と杖だけが自分を狙ねらっているのを見つけて杖を抜こうとした。しかし、遅すぎた。
「ステューピファイ 麻痺せよ」
ヤックスリーはズルッと床に倒れ、身を丸めて横たわった。
「ハリー」
「ハーマイオニー、黙だまって座ってなんかいられるか あいつが嘘をついて――」
「ハリー、カターモールさんが」
ハリーは「透明マント」をかなぐり捨てて、素早く振ふり向いた。下では、吸魂鬼が部屋の隅から動き出し、椅い子すに鎖くさりで縛しばられている女性にスルスルと近づいていた。守しゅ護ご霊れいが消えたからなのか、それとも飼かい主ぬしの牽けん制せいが効きかない状態になったのを感じ取ったからなのか、抑制よくせいをかなぐり捨てたようだった。ヌルヌルした瘡かさ蓋ぶただらけの手で顎あごを押し上げられ、上を向かされたカターモール夫人は、凄すさまじい恐怖の悲鳴ひめいを上げた。