一
正吉の
記憶に、
残っていることがあります。それは、
小学校を
卒業する、すこし
前のことでした。ある
日、
日ごろから
仲のいい三
人は、つれあって、
受け
持ちの
田川先生をお
訪ねしたのであります。
先生は、まだ
独身でいられました。アパートの
狭いへやに
住んでいられて、三
人がいくと
喜んで、お
茶を
入れたり、お
菓子を
出したりして、もてなしてくださいました。
「
君たちの
卒業も、だんだん
近づいたね。もうこれまでのように、
毎日顔を
合わせることができなくなる。
小原くんは、
入る
学校がきまったかね。」と、
一人の
方を
向いて、おっしゃいました。
「はあ、
兄さんが、
中学校へ
入ったらいいというのですけれど。」と、
小原は、
下を
向きました。
「
君のお
兄さんは、やさしい
方だ。
君は、もっと
体をじょうぶにせんければいけんよ。」
先生は、じっと、
早く
両親に
別れた
小原の
細々とした
体を
見ていられました。
高橋は、
早く
父親に
別れたけれど、
母親があるのでした。
正吉だけは、
両親がそろっていて、いちばん
幸福の
身の
上であったのです。
外には、
寒いから
風が
吹いていました。ときどきガラス
窓をガタガタと
鳴らしました。
先生は、しばらくだまっていられましたが、
「みんなは、
世間に
名を
知られるような、えらい
人になれなくともいいから、
正しい
人間となって、どうか
幸福に
暮らしてもらいたい。」といって、うつむかれたが、そのとき、
目の
中に
涙が
光ったのです。
先生のお
言葉は、
胸にしみて、
思わず
知らず、三
人は、いっしょに
頭を
下げました。