おじいさんの
目からは、
涙が
流れていました。「
今夜は、
泊まっていらっしゃい。」と、
主人はしんせつにいってくれたけれど、おじいさんは、
戦争にいっている
息子のことを
思えば、また
息子と
同じような
兵士たちのことを
思えば、
体じゅうが
熱くなって、これしきの
寒さがなんだ。
暗い
道がなんだという
気持ちになりました。さいわいにいい
月夜だったので、
主人にお
礼をいって、そこを
出ました。
町をはなれると、さすがに、
町から
村の
方へいく
人影は
見えなかったのです。おじいさんは、
独り
雪道を
月の
明かりで、とぼとぼと
歩いて
帰りました。ものすごいような
青みを
帯びた
月の
光です。
雪の
野原は、
銀のようにかがやいて
見えました。そして
遠くの
森の
影は、
黒い
着物をきた
人が、じっとして
雪の
中に
立っているのに
似ています。おじいさんは、いましがたラジオできいた、
兵隊さんの
歌が
耳について、
思い
出されて、
熱い
涙が、ほろほろと
流れてきました。
ゴウ、ゴウと、
音をたて
北風が
募りはじめました。
空を
仰げば、
月をかすめて、
黒い
雲が、
幾つも
連なって、きつねかおおかみの
群れが、
後から
後から
駈けていくように、
西の
方から、
東の
空に
向かって
走っていました。そして、
東の
空の
果ては
真っ
暗になって、
星の
光すら
見えなかったのです。
「また、
吹雪になってきた。」と、おじいさんは
独り
言をして、
野原の
道を
急いでいました。わずかに
昼間、
人の
通った
足跡が、
雪の
面がついているばかりでした。
たちまち、
月の
光はかげってしまって、
風にまじって、
雪がちらちらと
降り
出しておじいさんのえりもとへ
入ったのです。
「とうとう
困ったことになったぞ。」
まだあちらの
村へ
着かないうちに、まったく
目も
口も
開けられないような
吹雪となってしまいました。おじいさんは、一
歩も、この
吹雪に
向かっては
歩けなくなりました。
それでもおじいさんは、ようやくの
思いで、
村はずれの
小さな
神社にたどりつきました。そして
軒下にちぢこまって、
吹雪のやむのを
待っていましたが、
知らぬ
間に
疲れが
出て、うとうとと
眠ってしまったのです。
社の
境内にあるすぎの
木の
枝から、ドタ、ドタといって、
積もった
雪が
落ちました。すると
粉雪が
風に
舞って、おじいさんの
上へ
吹きかかりました。
「あっ、
眠ってはいけない、よくこれで
凍え
死ぬのだ。」
おじいさんは、
眠いのを
我慢して、
夜明けを
待とうと
思いました。そして、
道がわかるようになったら、
帰ろうと
考えていました。
おじいさんは、いくら
眠るまいと
思っても、またうとうとと
眠ってしまったのでした。このとき、がやがやという
人の
声がして、おじいさんは、ふたたびおどろいて
目をさますと、
吹雪はやんで、
月の
光が、
明るく
雪の
世界を
照らしていました。
「いまごろ、なんだろうな。」
顔を
上げて、あちらの
道を
見ると、
旗を
立て、
町の
方へいく、
出征兵士を
見送る
人々の
群れでした。
「おお、どこか
遠い
村の
人で、
停車場へ、
兵隊さんを
送っていくのだな。」
おじいさんは、
神前の
階段から
身を
起こました。そして、
命を
助けてくだされた
神さまに
向かって、
手を
合わせて
拝んでから、
道の
方へ、
雪の
中を
泳ぐようにして
出ていきました。
「ご
苦労さんです。たいそう
早いお
出かけですのう。」と、おじいさんは、
声をかけました。
「はい、一
番に
乗りますのに、おくれてはたいへんだと
思って、
早めに
出てきました。」と、
兵隊さんのお
父さんらしい
人が、いいました。
「
吹雪がやんでしあわせです。
悴も
出征していますので、
私も、お
見送りさせてもらいます。」と、おじいさんは、みんなの
中へ
加わりました。
「あんたは、また、どうしてこんなにお
早く。」と、
問われたので、おじいさんは、
町の
醤油屋でラジオを
聞いて、
帰りにひどい
吹雪に
閉じこめられたことを
歩きながら
物語ったのです。