こういって、お
母さんは、また
目をおふきになりました。
「だが、お
母さん、
笑ったやつもあったけど、
笑わないものだってありましたよ。
笑ったやつは、こんどなぐってやるのだ。」と、
小田が、いいました。
「そんなことをしてはいけません。おまえが、
乱暴だから、みんなが、こんなときに
笑うのです。どちらが
正しいかわかるときがありますから、けっして、そんな
乱暴をしてはいけません。」と、お
母さんは、おいましめになりました。
小田は、
考えていましたが、
「ねえ、お
母さん、いつか、
家へ
遊びにきたことのある、
北川くんなどは、だまってきいていましたよ。」といいました。
「よくもののわかる、おりこうなお
子さんですね。」と、お
母さんは、いって、また、
涙をおふきになりました。
それから、二、三
日してからです。
小田は、
学校へゆく
途中で、あちらからきた、
北川くんに
出遇しました。
彼は、
今年から
学校に上がったという、
小さな
弟といっしょでありました。
「おはよう。」
「いっしょにいこうよ。」
たがいに、
声をかけ
合って、三
人が、
並んで
歩きました。そして、
学校の
門をはいったときであります。
「ひとりで、パンが
買える?」と、
北川くんが、
立ち
止まって、やさしく
弟の
顔をのぞくようにして、きいていました。
小さな
弟は、だまって、うなずきました。
「もし、お
金を
落としたら、
兄さんのところへいってくるのだよ。」と、
北川くんは、いっていました。
兄弟を
持たない
小田は、この
仲のいい
二人のようすを
見て、
心からうらやまずにはいられなかったのです。
「
僕たち、お
母さんが、かぜをひいてねているので、
今日は、
弁当を
持ってこなかったんだ。」と、
北川くんが、
小田に
向かって、
話しました。
そのとき、
小田は、また
自分のお
母さんのことを
思わずにはいられませんでした。
「いまごろ、お
母さんは、いっしょうけんめいで、お
仕事をなさっているだろう……。」
そう
思うと、お
母さんの、お
仕事をなさっている
姿が、
目にありありと
浮かんできて、しぜんと
熱い
涙がわいてくるのでした。
その
日、ちょうど、お
昼の
前の
休み
時間でありました。
北川の
弟さんが、しきりに
兄さんをさがしているのを
見つけましたから、
小田は、
大きな
声で、
「
北川くん!」と、
呼んで、
知らせたのです。
北川は、すぐに
走ってきました。そして、
弟のそばへいって、なにかいうのをきいていましたが、
「だから、
気をつけるようにいったじゃないか。」という
声がきこえたかと
思うと、
小さな
弟は、しくしくと
泣きだしました。
小田は、
弟が、パンのお
金を
落としたのだなと
悟りました。しかし、いってたずねるまもなく、
「
泣かんだって、いいのだよ。」といって、
北川が、
自分の
持っているお
金をやって、
弟の
頭をなでると、
弟は、
泣くのをやめて、
急に、
元気づいて、あちらへ
駈け
出してゆきました。
「なんて、
朗らかな
兄弟だろう。」と、
小田は、この
有り
様を
見て、
感心しました。
そのうちに、
話す
時間もなく、ベルが
鳴ってお
教室に
入り、
授業がはじまりました。
いよいよお
昼になって、みんながお
弁当を
食べるときとなったのです。ひとり、
北川だけは
机に
向かって、
宿題をしていました。
小田には、なにもかもわかっていました、
自分が、パンを
食べずに、
弟にパンを
買ってやったことも。この
心があればこそ、このあいだも、
自分の
話をまじめにきいていてくれたのだと、
小田は、
思いました。
「これが、ほんとうの
同情というものだ。」
そう
小田は
悟ると、
自分の
行為までが
顧みられて、これから、
自分も、ほんとうの
正しい、
強い
人間になろうと
決心したのでした。