品川四郎熊娘の見世物に見とれること_猎奇的后果_江户川乱步_日本名家名篇_日语阅读_日语学习网
日期:2024-10-24 10:29 点击:3346
品川四郎熊娘の見世物に見とれること
青木愛之助は東京に別宅を持っていて、月に一度位ずつ、交友や芝居や競馬の為に
出京
して、一週間なり十日なり滞在して行く例であった。愛妻の
芳江
は同伴することもあり、しないこともあった。
先
ず最初は東京での出来事である。
大学以来の友達に(愛之助は東京大学を出たのだ)
品川四郎
という男があった。貧乏人の息子であったから、大学を出るとすぐ職を求め、ある通俗科学雑誌社へ
這入
ったが、いつの間にかその雑誌を自分のものにして、自分の計算で発行する様になっていた。相当利益も上るらしい。
彼も商売が商売だから、猟奇を好まぬではなかったが、どちらかと云えば正常な男で、青木の
出鱈目
な生活を非難していた。
殊
に猟奇倶楽部という様なものには反対で、そんな馬鹿馬鹿しいことをいくらやったって、退屈が治るものかと、軽蔑していた。彼は実際家であった。
彼の猟奇は実際談であって、青木とレストランで飯を食う時など、よく
検
べた最近の犯罪談などを話して聞かせた。
愛之助の方では、品川のその実際的な所を軽蔑した。犯罪実話なんて退屈だからよせと云った。そして彼の好きな、
荒唐無稽
な怪奇の夢を語るのであった。
つまり彼等はお
互
に軽蔑し合いながら、どこかしら合う所があって、変らぬ
交
りを続けていたのである。
ところが、ここに、そう云う性質の彼等の、どちらもが、非常に昂奮して、夢中になってしまう様な、怪事件が
起
った。青木にはそれの神秘で奇怪な所が気に入った。品川はそれが生々しい現実の出来事であったが故に心をひかれた。何と不思議なことには、その事件と云うのは、非常に現実的であって、しかも、同時に探偵小説家の夢も及ばぬ、奇怪千万なものであった。
先ず順序を追ってお話ししましょう。
秋、招魂祭で
九段
の
靖国
神社が、テント張りの見世物で充満している、ある昼過ぎのことであった。
青木愛之助は、例の
いかもの
食いで、招魂祭と云うと、九段へ行って見ないでは承知の出来ぬ男であったから、(彼はこの九段の見世物見物も、その月の上京中のスケデュルの一つに加えていた程だ)時候としては蒸し暑く、ほこりっぽい、いやな天気であったけれど、薄いインバネスにステッキという支度で、電車を降りると、九段坂をブラブラと上って行った。
一寸余談に
亙
るが、彼はこの九段坂というものに、変な興味を抱いていた。と云うのは、彼の非常に好きな村山槐多という死んだ画家があって、その槐多に探偵小説の作が三つばかりあるのだが、ある探偵小説の主人公は、舌に肉食獣の様なギザギザのある、異様な男で、その男が遺言状か何かを、この九段坂の石垣の石のうしろへ隠して、その場所を暗号で書いて、誰かに渡すという様な筋なのだ。
で、青木は、九段坂を上る度に、槐多の小説を思い出し、現在では当時とはまるで変っているけれど、道路のわきの石垣を、変な感じで眺めないではいられぬ次第であった。
「あの石の形が、少し他のと違う様だが、
若
しや今でもあの下に何か隠してあるんじゃないかな」
愛之助は事実と小説を混同して、そんな妄想を楽しむ
体
の男なのである。
九段の見世物風景は、誰でも知っていることだから
細叙
することもないが、現在ではすたれてしまって、どこかの片田舎で
僅
かに余命を保っている様な、古風な見世物を日本中の隅々を探し廻って寄せ集めた、と云う感じであった。
地獄極楽からくり人形、
大江山酒天童子
電気人形、女剣舞、玉乗り、猿芝居、曲馬、因果物、熊娘、牛娘、
角男
、それらの大
天幕
張りの
間々
には、おでんや、氷屋、みかん
水、
薄荷水
、十銭均一のおもちゃ屋に、風船屋などの小屋台が、ウジャウジャとかたまっている。その中を、何の気か、ほこりを吸って、上気して、東京中の人間が、ウロウロ
蠢
いているのである。
ある因果物の小屋の前、そこには、時々幕を上げてチラリと中を見せるものだから、黒山の人だかりで、その群集の一番うしろの列が、反対側の
食物
屋台とすれすれにまで、ふくれているので、そこの道は、人一人、やっと通れる程の隙間しかない。その間を、右から左からと、肩で押し合って、絶え間なく人通りが続くのだから、実に不愉快である。
青木愛之助が、その
親不知
みたいな細道を通り抜けようとした時だ。
実に不思議なことに、そのほこりっぽい群集の中に、冬物の黒い
中折
をあみだに
冠
って、真赤に上気した顔を汗に光らせて、背広服の品川四郎が、人にもまれているのが見えた。
何故
不思議だと云うと、品川四郎は決して愛之助の様な
いかもの
食いでなく、古風な見世物なんかに興味を持たぬ男なのだ。独身者
故
、子供に連れられて来た訳でもない。そうかと云って商売物の雑誌の種を取りに来たにしては、
編輯
の人を同伴している様にも見えぬ。どうも、社長様が種取りをする
筈
はないのだ。
しかも、びっくりしたことには、品川四郎は、見世物の熊娘にひきつけられた
体
で、
くしまき
に、
唐桟
の
半纏
で、
咽喉
に静脈をふくらませて、真赤になって
口上
を
喋
っている、汚い
姉御
の弁舌に、じっと聞き惚れているんだ。不思議なこともあるものだ。
よく見直したが、決して人違いではない。