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の家に二階座敷のあること
日期:2023-09-04 15:20  点击:278

の家に二階座敷のあること


相手方がどんな人物か、 あらかじ め知ることは出来ない。双方名前も、年も、身分も知らず、偶然その晩落合った者が一組を作るのだ。そして、一日一組以上の会合は絶対に避けることになっている。部屋代は一夜五十円で、それを相手方と 折半 せっぱん で負担する。(この折半という所に値打がある。相手方も 大枚 たいまい のお金を支出するのだ)二度目からは同じ相手方を選ぶとも、新らしい くじ いて見るとも、そこは各自の自由である。というのが、ポン引紳士の所謂「秘密の家」の 略規 りゃくき であった。
その家には、もう一人、ポン引貴婦人がいて、その婦人が同性のお客様を勧誘しているということだ。
「では一つ御案内願いましょう」
愛之助は酔いにまぎらせて、勇敢に出た。
「承知しました。ところで、固い様ですが部屋代は前金で御願いします。これは決してあなたをお疑い申す訳ではなく、刑事などがうまくばけて探りを入れるのを避ける為です。部屋代前金と云えば、刑事さんのポケットマネーじゃ。ちと骨でしょうからね」
「成程成程、念には念を入れる訳ですね」
愛之助はそこで所定の金額を支払った。
さて、カフェから自動車で二十分も走ると、もう目的の場所についた。案外にもそれは、 麹町 こうじまち 区のとあるひっそりとした住宅 まち だ。二丁も手前で車を降りて、人通りのない淋しい町を歩いた。
「ここですよ」
紳士が指さすのを見ると、小さな門構えの中流住宅で、貸家の上りで生活しているといった構えだ。門から玄関まで一 けん あるかなし、家は古風な平家建である。
ポン引紳士は、その門の前に立ってキョロキョロと左右を見廻し、人通りがないと見定めると、「サア早く」と愛之助を押す様にして玄関に這入った。
らっしゃいまし」
敷台に三つ指ついて出迎えたのは、主婦であろう、四十がらみの品のよい 丸髷 まるまげ 婦人だ。変なことに、その婦人が重箱みたいな白木の箱を持っていて、青木が敷台に上ると、手早く彼の下駄をその箱に入れ、それを片手に抱えて先に立つ。
それから、二 ばかり通り過ぎると、茶の間らしい部屋に出た。主婦は黙ってそこの押入れの ふすま を開く。ハテナ、押入れの中に秘密の部屋でもあるのかしらと思って見ると、そうではない、やっぱり普通の押入れで、 行李 こうり などが入れてある。
主婦は襖を開いて置いて、それが合図なのであろう。一種異様の 咳払 せきばら いをした。すると、これはどうだ。押入れの天井にポッカリと穴があいて、そこから真赤な電燈の光りが射して来た。天井板と見せかけて、その実 ぶた になっているのだ。
「だが、この家は平家建てだ。二階がある筈はないが」
と思っていると、天井からスルスルと 縄梯子 なわばしご が下り、それを伝って、一人の 小女 こおんな が降りて来たが、 召使 めしつかい であろう。彼に一礼してその場を立去った。
「お あぶの うございますが、どうかこれを」
と主婦が云うままに、青木はその縄梯子を昇った。
上って見ると、そこに奇妙な部屋がある。床は畳だけれど、天井も四方も一様の新しい板壁で、 ます をふせた様に窓も床の間も押入れもない。その癖、部屋の真中には新しい………………………、大きな丸胴の桐の火入れには、桜炭が赤々と燃え、銀瓶がたぎっている。天井からは小型ではあるが 贅沢 ぜいたく な装飾電燈が下っている。その電燈の色が血の様に真赤なのは、何か理由があるのであろうか。
分った分った。平家建ての屋根裏に、こんな密室を新しく作ったのだ。実に名案である。外から見たのでは、普通の平家建だから、下の部屋部屋に異状がなければ、とがめる者もあるまい。まさか屋根裏に窓のない部屋があろうなどと誰が想像するものか。しかも二階への通路は前述の通り用心深く出来ているのだ。
「これならば、全く安全ですね」
青木がお 世辞 せじ を云うと、彼に従って上って来た主婦は愛想よく微笑しながら、 ささや き声で、
「でも、万一のことがあるといけませんから、ここに秘密戸がつけてあるのでございますの」
と云って、一方の板壁のどこかを押すと、ギイと音がして、そこが くぐり 戸みたいに向うへ開くのだ。
「この中に低音電鈴が仕掛てございますの。若しものことがありました時は、下からそれを鳴らしますから、ジーという音が聞えましたらば、御召物や何かを持って、この中へ隠れていて頂きます、イイエ、そんなことがある筈はございませんけれど、万々一の用心ですわ」
青木は不必要と思われる程の用心深さに、ホトホト感心してしまった。
「では少々御待ち下さいませ、じきに御見えなさいますでしょう。それから、この縄梯子は上から引いて、上げ蓋を元通りになすって置いて下さいませ。御見えになりましたら、下からさっきの様な咳払いを致しますから」
主婦はお茶を入れると、そう云い残して下へ降りて行った。青木は云われるままに上げ蓋を元通りに直して置いて、………の座蒲団に坐った。………ばかりである。
青木は女についての いかもの 食いでは、相当経験を持っている。港町の異国婦人、煙草屋の二階の素人娘、 生花 いけばな 師匠の素人弟子、紹介者は、凡て誠しやかな甘言を以て、世の 好事家 こうずか を誘い込むのであるが、上べはどんなにとりすましても、多くはあばずれの職業婦人に過ぎないのだ。
「今夜も又その伝かな」と思う一方では、密室の からくり の余りの周到さに、ついポン引紳士の言葉を信じる気にもなる。少くとも彼には今夜の様な物々しいのは初めてだ。ポン引紳士の堂々たる 風采 ふうさい といい、この家の上品な構えといい、念にも念を入れた密室の仕掛けといい、どことなく従来経験したものとは違っている。
の紳士は「富豪や大官や………………」がお客様だと云った。それは又富豪夫人、大官令嬢、………等々々を意味するものでなくてはならぬ。と考えて来ると、愛之助は年にも似げなく、 初心 うぶ な身震いを禁じ得ないのであった。
待つ間程なく、例の異様な咳払いが聞えて来た。「来たな」と思うと、一陣の臆病風がサッと彼の心を寒くした。だが、ここまで来ては 躊躇 ちゅうちょ している訳にも行かぬ。愛之助は、オズオズと上げ蓋に近づいて、ソッとそれを開き、目をつぶる様にして縄梯子を投げおろした。
下でも躊躇の気配がする。それを主婦がうしろから小声で勇気づけている様子だ。
暫くすると、縄梯子がピンと伸びた。昇って来る。女の身で、縄梯子を。だが、あとで聞いた所によると、贅沢に慣れた上流階級の人達には、男にも女にも、恋の冒険を象徴するかの如きこの野蛮な縄梯子がひどく 御意 ぎょい に召しているとのことであった。
先ず見えたのは、美しく櫛目の通った丸髷だ。それから 艶々 つやつや した紅色の顔、(というのは電燈が赤いからで)成熟した中年婦人の胸、等、等、等、等……

愛之助暗闇の密室にて奇妙な発見を すこと


その人がどんな人柄であったか、どんな身分であったか、初対面の彼等が何を語り合ったか、赤色電燈の光が、かの鏡の壁にもまして、 如何 いか に………………たか、等々々については、この物語の本筋に関係もなく、 はばか り多き事柄なので、凡て略し、ただ当夜青木愛之助はいつもの様に失望しなかったとのみ申添えて置く。
だが、偶然にもその深夜に起った、低音電鈴事件については、お話の順序として、是非記して置かねばならぬ。
…………………彼等が、………………ウトウトと夢路をたどりかけた時、突如、板壁の裏に仕かけた例の低音電鈴が、水の底からの様に、ジジジ……と不気味に鳴り渡った。危険信号だ。
愛之助はギョッとして、いきなりピョコンと飛起きた。警官の襲来を受けた犯罪者の 驚愕 きょうがく である。
「大変です。着物を持って……何も残さない様に……隠れるんです」
彼は 邪慳 じゃけん に相手を揺り起した。
恋愛遊戯にかけては大胆にもせよ、物慣れぬ良家の女子は、こんな場合ひどく 不様 ぶざま である。…………………………、…………………………、……………、…………………。狼狽の極脱いだ着物のありかが分らぬのだ。ふだんそんな姿を眺めたなら彼は余りの滑稽にふき出しもしたであろうし、又一方では、アペタイトをそそられもしたであろうが、だが今はそんな余裕もない。彼は手早く相手の衣服を掴み上げると、彼自身のと一緒に抱えて、相手の手を取り、引きずる様にして、例の隠し戸を開き、その奥の暗闇に逃げ込んだ。
中は天井もなく、 蜘蛛 くも の巣だらけの太い はり ななめ に低く這っている。 とて も立っては歩けない。それに床も、 鋸目 のこぎりめ の立った 貫板 ぬきいた が打ちつけてあるばかりで、 其上 そのうえ に鼠の ふん とほこりがうず高くたまっている。ひどい所だと思ったが、危険には換えられぬので、隠し戸を元の通りしめると、なるべく奥の方へ這って行って、身を縮めた。
真の闇である。両人とも囁き交す元気もない。お互いの烈しい 動悸 どうき が聞きとれる程だ。
今にも鬼がやって来るかと、そうして待っている気持は、実に恐ろしい。
一分、二分、闇と無言の内に時が迫る。今来るか今来るかとビクビクものの、耳元へ、 かす かに咳払いの声、ソラ昇って行くから用心しろとの合図に相違ない。両人共、一層固く身を縮めた。女の震えているのがハッキリ分る。
それから二三度同じ咳払いの声が、隠れん坊の両人を縮み上らせたが、妙なことに一向人の来る気配もない。アア、縄梯子が上に引いてあるからだな。だが、それがなくとも ほか にいくらも昇る手段はある。と考えている時、例の上げ蓋の辺でガタリと音がした。下から棒で突いているのだ。上げ蓋が開いたらしい。それからあの音は下から縄梯子を引きおろしたのかも知れない。案の定、やがて、ミシリミシリ縄梯子を昇る音だ。
愛之助は苦痛に耐えなかった。心臓が破裂しそうだ。彼は追いつめられた野獣の様に、闇の中でキョトキョトと視線を動かした。と、墨の様な 闇中 あんちゅう に、 真紅 まっか ひも とも見える細い一筋の光線を発見した、オヤと思って見直すと、板壁に小さな節穴があって、そこから例の赤電燈の光が洩れていることが分った。
愛之助は本能的にその方へ這いよって節穴に目を当てた。今昇って来る奴の様子を見る為である。一方上げ蓋の方ではミシリミシリという音がやまった。梯子を昇り切ったのであろう。そいつはもう板壁 一重 ひとえ の向側にいるのだ。だが、節穴が小さいのでその辺までは視線が届かぬ。向側の板壁が丸く限られて見えるばかりだ。
人の近づく気配、板壁に映る不気味な影、着物の肩先、最後に女の半身の大写し、この の主婦の顔だ。
「お客様、お出になってもよろしいんでございますよ。本当に何とも申訳がございません。つい、それかと心配したのですけれど、何でもない人でございました。どうか御安心下さい」
「何のことだ。馬鹿馬鹿しい。それではさっきの咳払いは、単に縄梯子をおろせとの合図に過ぎなかったのか」
さて、この 興醒 きょうざ めな出来事に、両人共何となく面はゆい気持になって、………………………、………………夜のあけるのを待ち兼ねて、 たもと を別った。
と云う一場の失敗談に過ぎないのだが、因果の関係というものは、どんな所につながっているか、考えて見ると不思議である。この馬鹿馬鹿しい 間違 まちがい が、実は両品川対面のいとぐちとなったのだ。若し青木愛之助が のポン引紳士に出合い、この秘密の家に来て、偶然低音電鈴事件が起らなんだなら、あんなに早く、もう一人の品川四郎を発見することは、到底出来なかったに相違ない。なぜと云って、電鈴事件が起ったから、彼は隠し戸の奥の暗室へ這入ったのだ。そして、暗室へ這入ったればこそ、 の小さな節穴を発見し、それに不思議な興味を感じる様にもなったからである。
だが、彼がその奇妙な思いつきを発見したのは右の出来事の三日後であった。実に滑稽だった。併し、考えて見ると近来にない収獲だぞ。あの暗闇の中に、恐怖の為に冷汗をかいて震えた経験丈けでも、二十五円の値打はある。それに、あの家の用意周到な構造はどうだ。まるで探偵小説みたいだなどと楽しい 反芻 はんすう をやっている内に、ふとそれに気づいたのである。そして彼はその不思議な思いつきに有頂天になってしまった。
「素敵素敵、こいつはとても面白くなって来たぞ」
で、早速 外出 そとで の支度をすると、車を、例の秘密の家へと走らせた。念の為にポン引紳士を真似て、二丁程手前で車を降り、門を這入るにも、人通りのない折を待った。
主婦は彼を見ると驚いて云った。
「オヤ、もう御約束が出来まして」というのは、先夜の婦人と今日ここで落合う約束が出来たのかとの意味である。
「イヤ、そうじゃないんです。今日はあなたに一寸御相談がありましてね」愛之助はそう云って、ニヤニヤ笑った。
で、奥座敷に通される、襖を締切ってさし向いだ。
「奥さん、あなたは、こんなことをお金儲けの為にやっていらっしゃるのでしょうね」と愛之助は世間話から本題へ這入って行った。「でしょうね。そうだとすると、ここの現在の部屋代が数倍になる妙案があるのですよ。どうです。僕の妙案を御聞きになりますか」
「オヤ、それは耳よりでございますわね。でも、絶対秘密を売物にして、普通よりもお高い部屋代を頂いているのですから、そんなに慾ばって、一寸でも秘密が洩れる様なことがありましては」
と主婦は警戒する。
「イヤ、秘密に関係はないのです。実はね、あの隠し戸の外の暗闇でお金儲をしようという考えなんです。誤解しちゃいけませんよ。僕はこの妙案をさずけたからって、一銭だって割前は貰おうなんて云わないのだから」
「ヘエ、暗闇でお金儲けですって」
「分りませんか。あの密室の中に二人、外の暗闇に一人、 一時 いちじ に三人のお客様です。というのは、あすこの板壁に目につかぬ程の節穴があるからですよ。ね、お分りでしょう」
「マアそんなことが」と、主婦は呆れ顔だ。
「イヤ、驚くことはありません。外国にはこれを商売にしている家がいくらもある」
と、そこで愛之助は、その外国の例について 細々 こまごま と説明した。
「でも、中の方々が気づくと大変ですわ」
「大丈夫、あの節穴は く小さいのです。少し不便だけれど、大きくしては危険だからあのままでよろしい。まあやってごらんなさい。最初のお客様には僕がなります。イヤ笑いごとじゃありませんよ。でね、僕が先ずやって見て工合が悪い様だったら、僕限りでよしてしまえばいいでしょう。冗談でない証拠に暗室代を御払いします。これで一晩。悪くはないでしょう」
彼はそう云って、数枚の紙幣を主婦の膝の前に投出したのである。

愛之助両品川の対面を企てること


結局主婦は青木の為に口説き落されてしまった。
つまり彼は節穴の外の暗闇のお客様であって、そこから、赤い部屋の内部の、彼とは別の二人のお客様の、不思議な動作を盗み見る訳である。
青木愛之助がそこで、どの様な驚くべき光景を眺めたか、どの様な不健康な悦楽に耽ったか、それはしばらく陰のお話として、さて屋根裏部屋で、第一夜を経験してから約一ヶ月の後、(その間に一度名古屋へ帰っている)彼がフラフラと品川四郎を訪ねた所から、お話が始まる。
読者も知る通り、活動写真とかその ほか 様々の意外な事実によって、通俗科学雑誌社長品川四郎は、彼と寸分違わぬ顔形の男が、この世のどこかに、もう一人存在することを信じない訳には行かなかった。
そのことは、品川と青木と二人丈けの秘密にしてあったけれど、雑誌社の編輯者達は、この頃、社長の品川四郎の様子が、何かしら常ならぬことを感づいていた。
「雑誌を止す気じゃあるまいか。親爺この頃ひどく熱がないね」
「氏はまるで雑誌のことなんか考えていないよ。何かしら氏の心を奪っているものがある。女かも知れない」
社員達はボソボソとそんなことを話し合った程である。
編輯所には神田区の東亜ビルの三階の数室を借りていたが、品川社長は、今日もお昼頃になってやっと出勤した。例の如くムッツリと黙り込んで、社長室へ入ると、そこの回転椅子に腰をかけて、何かしきりと考え事を始めた。
そこへ久方振りの青木愛之助が訪ねて来たのである。
青木は青ざめた、ひどく真面目な顔で、席につくと、うしろの編輯室との境のドアを気にしながら、
「あっちへ聞えやしないか」
とソワソワ尋ねる。
品川の方でも青木が這入って来たのを見ると、何かしらギョッとした様子で唇を白くしたが、
「大丈夫。ガラス戸だし、外の電車や自動車の音がひどいから。……で、一体何だね」
と声を低くした。
「この十五日の夜、君はどこで寝たか記憶しているだろうね」
青木は妙なことを聞くのだ。
「十五日と云えば、先週の土曜日だね。どこで寝たって、どこで寝る筈がないじゃないか、東京にいれば家で寝るに極っている」
「確かだね。変な場所へ泊りやしまいね」
「確かとも。だが、どうしてそんなことを聞くのだい」
「じゃね、 昨夜 ゆうべ だ。昨夜君はどこにいた。十一時から十二時頃までの間さ」
「十一時には、自分の居間の蒲団の中にいたよ。それから今朝までずっと」
「まさか君が嘘を云っているのじゃあるまいね」と青木はまだ疑わしそうに「それじゃ聞くがね、君は麹町の 三浦 みうら って云う家を知らないかね。そこの屋根裏の赤い部屋を」
「知らん。だが、君はそこであいつに逢ったとでも云うのかい」
品川四郎は思い切ってそれを云った。云ってしまって、真青になった。「あいつ」とは云うまでもなく、もう一人の品川四郎のことである。
「逢ったのだよ。しかも非常に変な逢い方なのだ」
「話してくれ給え。そいつは一体どこの何と云う奴だ、そこで何をしていたのだ」
品川は非常な 剣幕 けんまく で、青木の腕を掴まんばかりにして尋ねる。
青木はそこで、はやる品川を制して置いて、先夜ポン引紳士に廻り合ってから、節穴を発見したまでの、不思議な経験を手短かに説明して、
「お かみ を説きふせると、その晩から、僕は赤い部屋の外側の暗闇の密室のお客様になった。そして、今日までに都合五組。それがどちらも商売人でない紳士と淑女の初対面なのだから、何とも云えぬ すご い感じなのだ。彼等が最初の間、どんなに 気拙 きまず くはにかみ合うか。そして、最後には、どんなに無恥に大胆になるか。その人間の気持の 推移 すいい を見るのは、どんなえぐった小説を読むよりも、もっと恐ろしいものだよ。僕はその意味丈けでも、数十金の価は充分あると思うのだ」
「それで、あいつがその赤い部屋へ現われたのは?」
品川は悠長にそんな話を聞いている余裕がない。
昨夜 ゆうべ なのさ。僕の 隙見 すきみ の第五夜だ。丸くぼかした視野の中に、君の、その顔が、ヒョッコリ現われた時には、僕はもう少しで 叫声 さけびごえ を立てる所だった」
「そして、あいつが、やっぱり ほか の連中と同じことをやったのだね」
品川はチョビ髭の生えた大人の顔を、うぶな子供の様に真赤にして、どもりどもり云った。
何ということだ。彼と寸分違わぬ男が、 閨房 けいぼう の遊戯を、彼の親しい友達に、すっかり見られてしまったのだ。彼と寸分違わぬ男がだ。品川が赤くなったのも無理ではない。
「そうだよ。しかもそれが並々の遊戯ではないのだ」
青木は意地悪く相手の顔をジロジロ眺めながら、
「君に君自身の醜態を隙見する勇気があるかね。若しあれば、今夜それが出来るのだが」
青木は実は、これが云い くて、態々ここへ出向いて来たのだ。意地悪ではない。猟奇者青木は、二人の品川四郎のこのいとも奇怪なる対面を想像した丈けでも、ウズウズと生唾が湧く程、食慾をそそられたからである。
「今夜、そいつが、その家へ来るのか」
品川は当事者である。青木の様に 呑気 のんき ではいられない。彼は唇を め嘗め、 しゃが れた声で云った。
「そうだよ。僕はそいつの帰るのを待ち兼ねて、お神に尋ねた。そいつの所も名も無論分らない。分らない様な営業方針になっているからだ。で、いつ頃から来始めたのかと聞くと、今月の十五日が最初で、昨夜が二度目、今夜も又来る約束になっているという話なのだ。君は僕と一緒にそこへ行って見る勇気はないか。僕は今夜こそ、あいつを尾行して、住所も名前も確めてやろうと思っているのだが」
品川は中々返事をしなかった。だが、長い躊躇のあとで、とうとう決心をして叫んだ。
「行こう。俺もそいつの正体を確めないではいられない」
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