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両人奇怪なる曲馬を隙見すること
日期:2023-09-04 15:26  点击:266

両人奇怪なる曲馬を隙見すること


その夜十一時頃、青木と品川とは、 すで に三浦の、家の赤い部屋の外の暗闇に潜んでいた。お神は二人連れでは危険だからと云って中々承知しなかったが、青木が札びらを切って、やっと納得させた。品川は色眼鏡とつけ ひげ で変装していた。全く同じ顔の客が二人来たのでは、お神の疑いを招くからである。
青木はたった一つの小さな節穴に目を当てて、今か今かと登場人物を待ち構えていた。品川は青木に代ってそこを覗く勇気はなく、ごみだらけの板敷の隅っこに うずくま って、何かの黒い かたまり みたいに、身動きもしないでいた。
青木の目の前には、真赤な幻燈の様に、部屋の一部がまん丸に区切られて見えた。向う側の板壁、そこに貼った こまか い模様の壁紙を背景にして、丸胴の桐の火鉢と、妖婦の唇の様に厚ぼったくふくれ上った、 緋色 ひいろ 緞子 どんす の蒲団の小口とが視野に這入った。火鉢にかけた銀瓶がたぎって、白い湯気が壁紙の模様をぼかしていた。
「君、どんな奇態なものを見ても、声を立てて相手に悟られる様なことをしてはいけないよ。それ丈けは注意してくれ給えね」
青木は万一を 気遣 きづか って、繰返し念を押した。品川は聞えるか聞えぬ程の声で、ウンウンと うなず いていた。
暫くすると、例の縄梯子を上る音がミシリミシリ聞えて来た。
男か女か。……青木は 呼吸 いき をやめたい程の気持で、身動きもせず待ち構えた。心臓の鼓動が非常にやかましく耳につく。品川もそれを察して、墨の様な闇の中で、一層身をかたくした。
視野に現われたのは、見覚えのある婦人だ。三十余りの大柄なよく発達した肉体だ。黒っぽい 金紗 きんしゃ の衣類がネットリと まと いついている。 艶々 つやつや と豊かな洋髪の下に、長い目、低い鼻、テラテラと光った厚い唇、と云って決して 醜婦 しゅうふ ではない。どこかしら異常な魅力のある顔だ。酔っているらしく、 相好 そうごう がだらしなくくずれている。
彼女はそこへベッタリ坐ると、この寒いのに、火鉢に手を かざ そうともせず、「オオ熱い」と 独言 ひとりごと を云って、指環の光る両手でベタベタと頬を叩いている。
青木は疲れて来ると、穴から目を離して腰を伸ばすのだが、何の変化もないと知りながら、じき又元の姿勢に かえ らないではいられぬ。待ち遠い時が、十分二十分とたって行った。
だが、とうとう、 階下 した から合図の咳払いが聞えた。婦人はハッとして視野から影を消すと、上げ蓋を開いて、縄梯子をおろす音、やがて、ミシミシと何者かがそれを上って来る気配。
青木は左手を闇に伸ばして、蹲っている品川の肩をソッと叩いた。今来るぞという合図である。品川はビクリと身体を固くした。
青木の視野に、先ず婦人が戻って来た。
「大変待たせましたね」
アア、それは品川四郎その人の声ではないか。
「それ程でもなくってよ」
婦人の唇が動いて、トーキーみたいに喋る。
外套 がいとう がポイと投げ出され、その えり の所丈けが視野に這入る。それから、黒い洋服の腕が、青木の前で、スーッと弧を描いたかと思うと、やがて男の全身が、彼も又酔っているのか、フラフラとそこへくずれた。向うを向いているけれど、間違いなく昨夜の男、 すなわ ちもう一人の品川四郎である。
青木も流石に胸がドキドキして来た。今こそ両品川の異様な対面が行われるのだ。
彼はソッと目を離して、闇の中に品川の腕を探り、それを掴むと軽く引いた。だが、品川はブルブル震えて立とうともしない。青木は掴んだ指先で「何をグズグズしているのだ」と叱って、グッグッと引っぱる。引っぱられるままに、品川の顔が節穴に近づく。真赤な光線が彼の汗ばんだ額を ななめ にサッと切る。そして遂に、彼の目は吸い寄せられる様に、小さな穴に、ピタリと喰っついてしまった。
青木は闇の中に目を据えて、次第にはずむ品川の呼吸を、若しや先方に悟られはせぬかと、ヒヤヒヤしながら聞いていた。
板壁の向うでは、低い囁き話と、時々身動きをするらしい物音が聞える。
暫くすると、はずんでいた品川の呼吸がピタリと止まった。アア、とうとう彼は向う側の品川の顔を見たのだ。両品川が正面切って向きあったのだ。
品川の右手が、青木の肩先をグッと掴んだ。「見た」という知らせである。死んだ様に止まっていた呼吸が元に ふく すると、前にもましたはげしい息遣いで、彼の全身が波打った。
アア、かくも不思議な対面が、又と世にあろうか。品川四郎は今、真赤な幻燈のまん丸な視野の中で、一間とは隔てず、自分自身の姿を凝視していたのだ。しかも、…………。
彼はまるで 続飯 そくい づけになった様に、いつまでたっても節穴から離れようとはしない。肩先を掴んだ彼の指の表情によって、彼の………………………、…………………………、青木は板壁の向う側の光景を、目で見る以上に想像することが出来た。想像であるが故に、それは実際よりも…………………………、彼をさいなんだ。かれはそうした間接的な隙見の魅力というものを、初めて発見したのである。
長い長い間であった。しんしんと け渡る冬の夜、暗闇の屋根裏で、併し彼等は寒さをも感じなかった。………………………………、殆ど彼等を無感覚にしてしまったのだ。
品川は遂に目を離して、青木の肩を引き寄せた。代って見よとの合図である。彼はもう、この上彼自身の奇怪な動作を見るに耐えなかったのであろう。
青木が代って、真赤な丸い幻燈絵が再び彼の前にあった。だが、それが何とまあ意外な光景であっただろう。貴婦人は曲馬団の女のつける様な、ギラギラと うろこ みたいに光る衣裳をつけ、 俯伏 うつぶし の品川四郎の背中へ馬乗りになっていた。馬は勿論着物を、…………………………。乗手の貴婦人も衣裳とは名ばかりで、近頃流行のレヴュウの踊子の様に、…………………。
そして、何と驚いたことには、馬の品川四郎は貴婦人の騎手を乗せて、首を垂れて、グルグルと部屋中を這い廻っているのだ。
馬の口からは真赤な腰紐が 手綱 たづな である。乗手はそれをグングンと引いて、ハイシイハイシイと腰で調子を取って行く。見事な調馬師だ。
その内哀れな 痩馬 やせうま は、とうとう力尽きて、ペシャンコに畳の上にへたばってしまった。……………………、………………。立上った女騎手はそれを見て、さも心地よく声を上げて笑ったが、次には倒れた痩馬の上での、残酷な舞踏である。グタグタに踏まれて蹴られて、馬はもう虫の息だ。さい前からずっと下向きになっているので、……………馬の表情を見ることが出来なかったけれど、力なくもがく手足の様子で、この見知らぬ品川四郎の心持を察しることが出来た。
ハッと思うと、女曲馬師は、男の肩とお尻に両手をついて見事な大の字なりの逆立ちをやっていた。そして、それがグラグラとくずれたかと見る間に、彼女はポイと身を飜えして、俯伏の男の頭の上へ、…………………………。ゼンマイ仕掛けの、…………、……………、…………………………。
斯様 かよう にして真赤な光線に彩られ、桃色に見える二つの影絵は、あらゆる姿態を尽して、夢のようなデュエットを、果しもなく続けて行くのであった。

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09/28 01:21
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